騎士ケラーの十字架

バーデンバーデン

バーデンバーデン市の北、傾斜した岩の尾根の端、西側の斜面に、古城ホーエンバーデンの遺跡がある。ホーエンバーデン城は、堀切によって攻撃側から守られるように建てられた。ヘルマンスバウと呼ばれる古城の最も古い部分にあたる上部の城は岩の上にあり、その歴史は辺境伯ヘルマン2世が建てた12世紀にまでさかのぼる。14世紀の終わり、辺境伯ベルンハルト1世のもとで城の下部が追加された。

ホーエンバーデン城の城壁にあるベルンハルト1世の建物は、今日でもまだ手入れが行き届いており、廃墟に入ると右側に見える。城上部とベルンハルトの建てた城下部は、ヤコブ辺境伯が15世紀に建設した城の最も新しい部分と繋がっている。ホーエンバーデン城は、1479年に住居がバーデンの新城に移されるまで、辺境伯の本拠地として機能していた。しかし、16世紀に入り、城で大規模な火災が発生し、建物は焼失してしまう。その後、城は、再建されることなく荒廃してしまった。このような歴史を持つこの古城では、昔から様々な伝説が伝えられている。

このケラーという若者は、ケラー家の男爵であり、名前をブルクハルトと言った。この騎士はホーエンバーデン城でカタリーナ辺境伯夫人に仕えていた。彼は若くて容姿も優れていたが、少し無謀なところのある青年であった。

ブルカルト・ケラーは、夫と死別した辺境伯夫人のためにホーエンバーデン城で騎士を務めた。辺境伯の娘、クララ・フォン・ティエフェナウ(Clara von Tiefenau)は騎士の婚約者でもあり、クッペンハイム(Kuppenheim)という町に住んでいた。ケラーはしばしばホーエンバーデン城から森を通って彼女に会いに出かけた。

ある夜、騎士が、いつものように家に帰ろうと森を歩いていたところ、月明かりの下にひとり立つ、ローブに包まれた女性がいた。 絹のようなローブを着ており、騎士は好奇心からこの女性に近づいた。しかし、近づいたときには、女性は姿を消していた。この不思議な現象を確認するため、騎士は翌日の夜も同じ道を歩いた。すると、昨日と同じ女性が現れたので、騎士は近づいた。すると、彼女はまた消えてしまった。

騎士は年老いた賢人にこのことを話した。すると、賢者は、昔幽霊が目撃されたその辺りに、異教の偶像を奉る寺院が建てられたといった。そして、夜の遅い時間には、この場所を通らないようにしていたと。騎士は、翌朝、お付きの者にその場所を掘るように命じた。すると、森の精霊に捧げられた小さなローマ祭壇と美しい大理石の像が発見された。大理石の像は、美しい女性を型どっっていたが、腕と胴体は破損していたという。騎士ケラーは祭壇と彫像を再建するように命じ、その日からこの場所はケラービルド(Kellersbild)という名前が付けられた。

大理石の妖精は騎士の心を完全に掌握し、若い男の胸に愛の火を燃やした。魅惑的な大理石の彫像への情熱にとらわれ、彼は真夜中に再び彫刻を見たいと思った。月は明るく輝き、道を照らしていた。精霊は、異教の祭壇のそばにひっそりと座っていた。騎士が近付いても、今回は姿を消すことはなかった。彼が彼女に近づくにつれて、彼女はますます目に見えてリアルになり、彼女の魅了的な顔、彼女の姿はさらに美しく見えた。

騎士が女性に近づいたときに、女性は不意に騎士にキスをした。騎士に仕える使用人はひそかに自分の主人の後を追い、ことの一部始終を見ていた。女性にキスされた騎士は驚いてその場を去ったが、翌朝、祭壇から少しばかり離れた場所で死んでいるのが発見された。祭壇にあった大理石の像は消えていた。

この話を聞いたケラーの兄弟は、祭壇を取り壊し、その場所に十字架を立てた。そして、ケラーの遺体が発見された場所には、キリスト教の信仰の象徴として、《ブルカルト・ケラー(BURKART KELLER)》の碑文が付いた石の十字架を立てたのだった。

この伝説に言及されているケラーの十字架は実際に存在し、Kellersbildから城へと向かう道中、約600mほどのところにある。 ケラーの十字架から城跡までの約1kmの森の小道は、現在ケラーの十字架道(Kellerskreuzweg)と呼ばれている。

この物語の主人公である辺境伯夫人とは何者であったのか?これは15世紀、バーデン辺境伯カール1世(Markgraf Karl I. von Baden)とカタリーナ・フォン・エステルライヒ(Katharina von Österreich)がプフォルツハイム(Pforzheim)で結婚した時代に遡る。カタリーナ・フォン・エステルライヒは名門中の名門、ハプスブルク家の出身であり、兄のフリードリヒ3世は後に神聖ローマ皇帝となる人物である。バーデン家にとっても申し分のない結婚であった。子宝にも恵まれた結婚生活であったが、結婚から28年後に夫であるカール1世が亡くなってからは、。妻の辺境伯夫人カタリーナひとりでホーエンバーデン城に暮らすようになっている。息子のクリストフ1世自身は、その4年後、ホーエンバーデン城を離れてバーデンバーデンの新しい城へと移り住んでいる。つまり、この伝説で主人公が仕えているのは、この辺境伯夫人カタリーナということになる。

今日、この騎士ケラーの悲しい物語については、バーデンバーデンの《トリンクハレ》(Trinkhalle)にあるフレスコ画で見ることができる。ホーエンバーデン城では、もうひとつ白い女が夜な夜な現れたという伝説も伝わっており、こちらの話も辺境伯夫人カタリーナに関連している。

参考:

de.wikipedia.org, “Burkart Keller”, https://de.wikipedia.org/wiki/Burkart_Keller

schwarzwald-informationen.de “Alte Schloss Hohenbaden”, https://www.schwarzwald-informationen.de/stadtkreis-baden-baden/baden-baden/gebaeude/alte-schloss-hohenbaden-baden-baden.html

コメント

タイトルとURLをコピーしました