ヴォルムス

《叙任権闘争》の妥協点

世界史の教科書で最初にヴォルムスの名前が出てくるのは、《ヴォルムス協約》( Wormser Konkordat)ではないだろうか。12世紀にローマ教皇と神聖ローマ皇帝の間で結ばれた協約のことだが、ことの発端は10世紀に遡る。 962...
シュトゥットガルト

ヴュルテンベルクのあご髯の伯爵

シュトゥットガルトのシュティフト教会(参事会教会)は、ヴュルテンベルク地域のプロテスタント教会である。この教会の聖歌壇の北壁には、11体の像が立っている。これは、1574年、ルートヴィヒ・セム・シュレル公爵が作成依頼をしたもので、11人の...
ハンブルク

バルト海の海賊

国際海洋博物館(Internationales Maritimes Museum)の近くに、とある男の像が建てられている。 この像のモデルは、クラウス・シュテルテベカー(Klaus Störtebeker)。15世紀、ハンザ同盟を敵に回し...
トリ―ア

ダイヤの結婚指輪を贈るようになったわけ

15世紀トリーア。この町で、「最後の騎士」と呼ばれた神聖ローマ皇帝マキシミリアン1世と、ブルゴーニュ公国の相続人マリアが出会った。ふたりの出会いは互いの親が取り持ったものだったが、ヨーロッパの権力闘争により、その後の二人の人生は再び交わっていく。
バーデンバーデン

騎士ケラーの十字架

湯治町バーデンバーデンの北に位置する古城ホーエンバーデン城の遺跡。この地域には不思議な伝説が数多く伝わっている。ホーエンバーデン城で辺境伯夫人に仕えた騎士ケラーは、ある夜、森で美女と出会うのだが・・・ホーエンバーデン城に伝わる不思議な物語。
クヴェトリンブルク

帝国を動かした修道女

神聖ローマ皇帝オットー1世を父とし、ブルグントのアデルハイドを母として生まれたマチルデは、クヴェトリンブルク女子修道院の院長となり、帝国の支配を手伝いほどの人物だった。その一生のほとんどをクヴェトリンブルクで過ごした女性の物語。
ベルリン

謎多き美貌の王妃

ベルリンの「博物館の島」にある「新博物館」には、一神教を発明したアクエンアテンの妻、ネフェルティティの胸像がある。この王妃はなぜこれほどまでに人々の関心を集めるのか?そしてベルリンにやってきた理由は?謎多き美貌の王妃の秘密に迫る。
クヴェトリンブルク

消えた黄金の福音書

クヴェトリンブルクは、ザクセンアンハルト州のハルツ地域にあるボード河畔の町だ。 文献では922年に初めて言及され、994年に町の勅許が与えられた。クヴェトリンブルクの建築遺産は、1994年以来、ユネスコの世界文化遺産に登録されており、毎年...
ヴォルムス

宗教改革者たちの記念碑

ヴォルムス中央駅を出て、ヴィルヘルム・ロイシュナー通り(Wilhelm-Leuschner Str.)をまっすぐに歩くと、まず最初に見えてくるのが、ルターの記念碑だ。ルターだけでなく、ヨーロッパの宗教改革に影響を与えた錚々たるメンバーの銅...
イエーナ

イエーナに集う偉人達

イエーナ(Jena)は、中世の頃、ワインと農耕で栄え、1558年に大学が開かれてからは学問の町となった。大学の設置は神聖ローマ皇帝カール5世に捕虜となっていたザクセン選帝侯ヨハン・フリードリヒ(寛大侯)によって1547年に計画され、皇帝フ...
ヴィースバーデン

富豪たちの町

ヴィースバーデンは、フランクフルトの40キロ西に位置する、ライン河畔にあるヘッセン州の首都だ。ライン川対岸にあるマインツへは、車で20分ほどで到着する。ヴィースバーデンにはドイツで最大の米軍基地があり、3000人の兵士を含む、2万人のアメ...
ラントシュトゥール

フランツ・フォン・シッキンゲンのナンシュタイン城

ラントシュトゥールにあるナンシュタイン城。ここには伝説の騎士、フランツ・フォン・シッキンゲンが暮らしていた。ここを拠点に戦争と私闘によって勢力を伸ばし、一時は神聖ローマ皇帝フリードリッヒ1世にも仕えた男は、絶大な権力を誇ったトリーア大司教に戦いを挑む。伝説の騎士の運命は?
ヴュルツブルク

フランケンワイン

マイン河畔に位置するヴュルツブルクは、ドイツでも有数のワインの産地だ。 ヴュルツブルク中央駅からカイザー通りを進むと、フランケンワインを販売している【ユリウス・シュピタール】に出る。ここはヨーロッパ各地で愛されるフランケンワ...
シュヴェーリン

北のノイシュバンシュタイン城

シュヴェーリン城はその美しさから、しばしば「北のノイシュバンシュタイン城」とも形容される。このブルク湖に浮かぶ城は、ユネスコ世界遺産にも登録申請がなされている。中世からの歴史をもつシュヴェーリン城は、城内に小人の霊が現れるという噂も手伝って、観光客に絶大な人気を誇っている。「北のノイシュバンシュタイン城」を案内する。
ニュルンベルク

願いが叶う〈黄金の輪〉

フラウエン教会前にある広場でその存在感を示しているのが、美しの泉と呼ばれる《シェーナー・ブルンネン》(Schöner Brunnen)だ。この4段構造の噴水は高さが19メートルあり、40体もの彫像が噴水の周りを飾っている。 美しの泉...
ザンクト・ゴア―ルスハウゼン

ラインの精霊 ローレライ

ザンクトゴア―ルスハウゼン近くの《ローレライ》では、その昔、夕暮れに美しく若い女性が目撃されることがあった。この女性は美しい声で歌い、その歌声を聞いた船人はかじ取りを誤り、ライン川に飲み込まれたのだった。伝承と観光地としてのローレライに迫る。
アルツェナウ

妻に救われた騎士

ハーナウ近郊に《アルツェナウ》という町がある。行政区分上はアシャッフェンブルク市に属し、ハーナウのあるヘッセン州ではなく、バイエルン州に属するのだが、アシャッフェンブルクからよりも、ハーナウからのほうがアクセスが良く、クルマでも2...
マールブルク

聖エリザベートとバラの奇跡

マールブルクに建つ聖エリザベート教会。聖エリザベートはその高貴な出にも関わらず貧しい人々に尽くし、死後列聖された。彼女には《バラの奇跡》と呼ばれる伝説が伝わる。何不自由ない生活を送っていた彼女がたどった数奇な運命とは?
アウグスブルク

聖アフラ教区博物館

アウグスブルク大聖堂裏にある聖アフラ教区博物館は一見の価値がある。市庁舎の前を通る目抜き通りであるマキシミリアン通り。その端に位置する為に、アウグスブルク大聖堂の裏手に位置する宝物庫は訪問客もあまり多くはない。しかし、この宝物庫には15世...
ニュルンベルク

皇帝も認めた天才画家

【アルブレヒト・デューラー】 ニュルンベルクを語るうえで欠かすことのできない人物が、アルブレヒト・デューラーだ。デューラーはニュルンベルク出身の画家・版画家で、北方ルネッサンスの巨匠と呼ばれる人物だ。イタリアルネッサンスの影響を多分...
ミュンスター

ライオンと呼ばれた司教

フォン・ガーレン司教 ミュンスター大聖堂の司教にクレメンス・アウグスト・グラーフ・フォン・ガーレン(Clemens August Graf von Galen)という人物がいた。かつてミュンスターを統治したガ-レン家の末裔であったと...
シュトラウビンゲン

ドナウに消えた花嫁

アウグスブルクの風呂屋の娘、アグネス・ベルナウアーは、ある日バイエルン公爵家のアルブレヒトと出会うのだが・・・シュトラウビンゲンの町でドナウ川に架かる橋には、なぜ彼女の名前が付けられているのか?そこには悲しい物語があった。
ミュンヘン

聖夜の大殺戮

ミュンヘンの中心地、マリエン広場。ここから南西に3キロほどのところにある男の銅像が建てられている。この銅像は18世紀にミュンヘンで起こったある大虐殺事件で英雄的な行動をとったとされ、記念碑を建立された人物だ。この銅像は《コッヘルの鍛冶屋の...
アーヘン

町を守った鍛冶屋

カール大帝所縁の古都アーヘン。この町にはある鍛冶屋の像が建てられている。13世紀、ユーリッヒ伯爵はアーヘンの町を占領しようとするのだが、その前に鍛冶屋をはじめとするアーヘン市民が立ち塞がる。古都アーヘンに古くから伝わる史実に基づく伝承を紹介。
ハーメルン

ハーメルンの笛吹き男

ドイツ、メルヘン街道にあるヴェーザー川沿いの町《ハーメルン》。ここには「ハーメルンの笛吹き男」に関する資料を多く展示する《ハーメルン博物館》がある。700年前にハーメルンで起こった失踪事件。130人の子供たちはどこに消えたのか?
デュッセルドルフ

デュッセルドルフの舞踏会

デュッセルドルフで貴族だけを招いて開かれた公爵主催の仮面舞踏会。豪華な衣装に身を包んだ貴族たちの中でもひと際注目を集めるひとりの男。公爵夫人はこの優雅な黒づくめの男とダンスを楽しむが・・・謎に満ちたこの男の正体とは?ベルゲンのシェルメン家創設にまつわる伝説。
ブレーメン

ブレーメン大聖堂博物館

ブレーメンの聖ピエトリ大聖堂にある大聖堂博物館は、1987年、中世の司教の墓から出土したものを収蔵するために設立された。1973 年から 1976 年にかけて大聖堂が修復されていた時に、発掘調査が同時に行われた。 3 年間にわたる発掘調査...
ヴュルツブルク

悪魔に連れ去らわれたガイラナ夫人

ヴュルツブルクの中央駅を降りると、ひとつの彫像が出迎えてくれる。噴水の上に取り付けられたその像は、この町の守護聖人、聖キリアン(St.Kilian)だ。この噴水は《キリアン噴水》(Kiliansbrunnen)と呼ばれ、1895年に摂政ル...
ヴォルムス

ニーベルンゲンの町

ヴォルムス市の公式ホームページには、『ニーベルンゲンの町、ヴォルムス』とあるとおり、ヴォルムスはニーベルンゲンの歌とつながりが深い町だ。ヴォルムスは紀元前のケルト時代にはすでに集落が形成されていて、ドイツで最も古い歴史を誇る町の一つである...
☆その他

ドイツのロマネスク建築

ローマ帝国の崩壊以来、ロマネスクは典型的な特徴を持つ最初のヨーロッパの芸術時代となった。 ロマネスク様式の建物は、アーチ、アーチ型の窓、ブロック状の柱頭 (柱の端)、分厚い壁などがその特徴である。950年頃からロマネスク美術がヨーロッパ中...
バッハラッハ

シュタールエックの秘密の結婚

コブレンツの南に位置するシュタールエック城は、自然の要害に囲まれ難攻不落の城であった。この城には、ホーエンシュタウフェン家のプリンセス、アグネスが暮らしていた。ヴェルフェン家のザクセン公、ハインリッヒ獅子公の息子であるハインリッヒ5世は、敵対していた一族の娘に恋をするのだったが・・・ラインの古城に伝わる伝説。
マグデブルグ

マグデブルクの結婚式

1631年5月20日にマクデブルクで起こったことは、三十年戦争と人類の歴史の中で最も暗い章の1つであると言われている。《マクデブルクの結婚式》として歴史に残るこの事件は、25,000人以上の命を奪ったと言われる。日本語では《マグデブルグの...
ツォンス

ツォンスの《ブルーマドンナ》

デュッセルドルフからもほど近いドルマーゲン近郊の小さな町、ツォンス。ここにある赤ん坊のイエスを抱いたマリア像に不思議な現象が起こる。そこから起こる奇跡の数々。地元行政も介入せざるを得ない状況にまで発展したマリア像を巡る騒動。現在も存在する「青いマリア像」の物語。
トルガウ

ブランデンブルクの「もうひとつの奇跡」

エルベ川の西岸にある小さな町、トルガウ。この町は7年戦争において、オーストリア軍とプロイセン軍が熾烈な戦いを繰り広げたことで知られている。オーストリア・ロシア連合軍と対峙した敗北寸前のプロイセン。フリードリッヒ1世はこの難局をどう乗り越えたのか?後に「奇跡」と呼ばれるプロイセンの奮闘。
ポツダム

王のじゃがいも

サンスーシ宮殿の前にあるフリードリヒ大王の墓石を訪れたことがある人なら誰でも、墓石の上とその周りに置かれたジャガイモに気付くだろう。フリードリヒ大王とジャガイモのユニークな関係はドイツでは有名な話だ。人口に膾炙した話のため、どこからが真実...
ディンケルスビュール

ディンケルスビュール歴史館

現在のディンケルスビュール歴史館(Dinkelsbühl Haus der Geschichite)の建物は、もともと旧市庁舎であった。1550年から旧市庁舎として使用されていたが、1855年に議会はバロック様式の新市庁舎へと移転。旧市庁...
マールブルク

ルターを悩ませた難問

ヘッセン方伯フィリップ1世と言えば、宗教改革における大立役者である。いち早くプロテスタントの教義を支持し、自身の領土をまずプロテスタントへと統一。1527年にドイツ初のプロテスタント大学、マールブルク大学を設立したことでも知られる。カトリ...
ケルン

悪魔と契約した男

多くの観光客が訪れるケルン大聖堂。カトリック教会としては世界で最も高い大聖堂である。700年以上も前にこの大聖堂の建設を始めたゲアハルト・フォン・ライルには、悪魔と契約したという伝承が残っている。
ベルリン

ブランデンブルクの15歳の王

ベルリンのシュパンダウ地区。シュパンダウ旧市街の北には、シュパンダウ要塞(Zitadelle Spandau)がある。この要塞の中核は中世に建てられた城であり、その砦と宮殿は現在でもよく保存されている。 1559年から1594年にかけて、...
☆その他

ドイツのロココ建築

多くの壮大なバロック様式の建物がドイツに建てられたのは、イタリアやフランスから遅れること約 1 世紀後のことだった。これは、ドイツ、つまり神聖ローマ帝国で発生した戦争の影響を大きく受けている。三十年戦争(1618年から1648年まで)の大...
フルダ

ドイツ人の使徒 ボニファティウス

フルダ大聖堂。この場所に埋葬されているのが、イングランドから来たベネディクト会修道士のボニファティウスだ。ゲルマンの風習が色濃く残るドイツで、キリスト教を伝道した宣教師は、現地の言葉を用いて布教を行っていく。「ドイツ人の使徒」と呼ばれるボニファティウスの物語。
レーゲンスブルク

ドイツ郵便と華麗なる一族

レーゲンスブルク近郊にある聖エメラム城は、トゥルン・ウント・タクシス家の拠点だ。この施設は、修道院を住居に変えた珍しい例となっている。 トゥルン・ウント・タクシス一族の歴史は12世紀初頭にまで遡る。この当時、トゥルン・ウント・タクシ...
ヴェルニゲローデ

ハルツ地方のカラフルな町

ザクセン=アンハルト州ハルツ山地の麓にあるヴェルニゲローデは、ゲーテやハイネも訪れた場所だ。魔女伝説で有名な場所でもあり、丘の上に聳えるヴェルニゲローデ城は《ラプンツェル》のモデルにもなった。市庁舎は「ドイツで最も美しい」との呼び声も。
アウグスブルク

フッガー家の置き土産

15世紀以来、一時はイタリアのメディチ家をも凌駕する大富豪であったフッガー家とは、いったい何者であったのだろう。フッガー家の出自を探ると、アウグスブルク近郊にあるグラーベン(Graben)で織物業を営んでいたヨハン・フッガー(Johann...
ヴォルムス

ヴォルムス帝国議会

ヴォルムス帝国議会(Reichstag zu Worms)は、実は数回開催されている。一番有名なものは、ルターが喚問された1521年のものだが、それに先立つ1495年には、神聖ローマ皇帝マキシミリアン1世が開催したヴォルムス国会というのが...
デュッセルドルフ

〈側転する子供〉が町のシンボルになったわけ

デュッセルドルフのシンボル《ラートシュレーガー》(側転小僧) デュッセルドルフの町を歩くと、いたるところで側転する子供の像を目にする。これは、ドイツ語でラートシュレーガー(Radschläger)という側転する子供の意匠だ。日本語に...
アウグスブルク

マリーアントワネットも立ち寄ったロココの宮殿

【シェッツラー宮殿】 アウグスブルクの目抜き通りであるマキシミリアン通りの《ヘラクレス噴水》(Herkulesbrunnen)が立つ、そのすぐそばにシェッツラー宮殿はある。今日のシェッツラー宮殿は、中世後期の古い貴族の家の跡地にあり...
ヴェッツラー

偽皇帝現る

1285年夏:ヴェッツラーに混乱が走った。皇帝ルドルフ・フォン・ハプスブルクは、帝国都市の門前に野営を設置していた。ルドルフは怒りのまなざしで町を見つめ、このまま町を包囲して破壊すると脅した。ヴェッツラーは破滅の危機に瀕していた。 ...
アウグスブルク

最後の騎士

アウグスブルクの市庁舎前の通りは、北の大聖堂(Augsburger Dom)と南のウルリッヒ・アフラ教会を結んでいる市の目抜き通りだ。この通り沿いには、レストランやバーが立ち並び、夏には大勢のアウグスブルク市民がテラス席に座り、夜遅くまで...
クレーフェ

美しすぎた肖像画

【アンナ・フォン・クレーフェ】 16世紀、イングランド。時の為政者はヘンリー8世。生涯に8人もの王妃を娶り、うち2名を処刑にした悪名高い君主である。そのヘンリー8世の4番目の王妃は、ここデュッセルドルフの出身だ。名前をアンナ・フォン...
デュッセルドルフ

引き裂かれた公国

ユーリッヒ=クレーフェ公ヨハン・ヴィルヘルムは病床にあった。公は精神を病んでいた。彼は幻覚を見ては城に火をかけると言いながらデュッセルドル城を走り回った。彼の最初の妻、ヤコベ・フォン・バーデンは夫にはとっくに政治能力はないと見て自身で政治...
ケルン

恋に落ちた大司教

1577年12月5日、ケルン大聖堂で新しい大司教を選ぶ選挙が行われた。候補者は2名。バイエルン公アルブレヒト5世の末息子エルンストとヴァルトブルクの司教、ゲープハルト2世である。 マクシミリアン皇帝とグレゴリウス13世は、エルンスト...
カイザースヴェルト

《皇帝の島》と呼ばれる理由は?

デュッセルドルフ空港の北側、旧市街に出るのとは反対の方角に、カイザースヴェルトという町がある。デュッセルドルフ市に属するライン川沿いの小さな町で、日本人駐在員も多く住む閑静な住宅街だ。デュッセルドルフの旧市街からも地下鉄一本で行くことがで...
カッセル

売られたヘッセン兵

カッセルのフリードリッヒ広場(Friedrichsplatz)には、ヘッセン=カッセル方伯フリードリッヒ2世の像がある。フリードリッヒ2世はオーストリア継承戦争でカール7世アルブレヒト(Karl VII. Albrecht)皇帝のためにヘ...
デュッセルドルフ

ウォリンゲンの戦い

1288年6月5日、ヴォルリンゲンの南にあるフューリンガーハイデの朝に始まる。これは、ラインの左岸にあるケルンと右岸にあるデュッセルドルフの間の最も重要な場所であった。 725年前、2つの強力な騎士の一団が向かい合って整列していた。...
デュッセルドルフ

ハイネが生まれた町

クリスティアン・ヨハン・ハインリヒ・ハイネ(Christian Johann Heinrich Heine)は、1797年、デュッセルドルフに生まれている。ハイネの家は、ボルカー通り(Bolker strasse)53番にある。生家が今で...
ベルリン

王になった《猫背のフリッツ》

ベルリンに位置するシャルロッテンブルク。その南西の角に聳える彫像は初代プロイセン国王フリードリッヒ1世である。 シャルロッテンブルク(Source:wikipedia.de) 初代プロイセン国王フリードリッヒ1世(wikipe...
エッセン

エッセン ルール美術館 特別展《ライン・ルール地方の貴族》

この特別展では、中世初期から現在までのライン川とルール地方の貴族の歴史全体の概要を初めて紹介している。ユネスコ世界遺産に登録された高さ12メートルの壕の中で、約160の美術館から借りたアーカイブ、図書館、個人コレクションなど、80...
シュパイヤー

捕らわれた英国王

中世史で必ず名前が出てくる、イングランドのリチャード1世(Richard I.)。その肩まで伸びたブロンドの髪と、何者をも恐れない勇猛果敢な性格から、リチャード・ライオンハート(獅子心王)と呼ばれた。彼はイングランド王に即位するや否や、十...
クレーフェ

白鳥の騎士

ノルトライン=ヴェストファーレン州デュッセルドルフの行政管轄区に、人口5万2千人のクレーヴェ(Kleve)という小さな町がある。ライン河畔の町であり、オランダとの国境までわずか10キロ程度である。 クレーベの中心地には、おも...
ケルン

消えた少年十字軍

13世紀初頭のケルン大聖堂。ケルンは、ライナルト・フォン・ダッセル司教が東方三博士の聖遺物を大聖堂にもたらしてから、人気のある巡礼地となり、この聖遺物を一目見ようとするキリスト教信者の巡礼の対象となっていた。大聖堂の門前には常に多くの信者...
ワイマール

公爵夫人の図書館

アンナ・アマーリア(Anna Amalia)は、1739年10月24日、ブラウンシュヴァイクのプリンセスとしてヴォルフェンビュッテル城(Schloss Wolfenbüttel)で生まれた。彼女は、ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッ...
ツェレ

孤独な王妃と野心家の医師

ツェレにある聖マリエン教会。ここにはデンマーク女王キャロライン・マティルデが眠っている。彼女はデンマーク兼ノルウェー王であるクリスティアン7世にわずか15歳で嫁いだ。宮廷で退屈な生活を送っていた彼女は、夫の主治医であるストゥルエンゼーに惹かれるようになるが・・・野心家の医師に恋した彼女の運命は?
バーデンバーデン

ホーエンバーデン城に現れる《灰色の女》

リンブルク辺境伯ヘルマン2世によって建設が開始されたこの城は幽霊の目撃例があった。たびたび目撃されたといわれるバーデン辺境伯夫人の霊はなぜ現れたのか?バーデンの城跡に伝わる伝承を城の歴史とともに紹介。
カイザースヴェルト

クリミアの天使

【フローレンス・ナイチンゲール】 カイザースベルトでその名前忘れてはいけない人物がこの人物。フローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale)だ。 フローレンス・ナイチンゲール 工業化時代の始まりを...
ウルム

世界一の高さを誇る教会

世界で一番高い宗教建築と言われるウルム大聖堂。その高さは、ケルン大聖堂や、バチカンのサンピエトロ寺院、パリのノートルダムをも凌駕する。第二次世界大戦の被害も奇跡的に免れたが、「世界一高い」という称号は間もなく手放すこととなる・・・
リューデスハイム

中世最大の賢女

リューデスハイム近郊の聖ヒルデガルト修道院。ここは中世最大の賢女と言われたヒルデガルト・フォン・ビンゲンと関わりが深い。自身の神秘体験から《道を知れ》という著作を残した彼女は、薬草学にも通じたカリスマであった。バルバロッサこと神聖ローマ皇帝フリードリッヒ1世の未来を予言したとも言われる彼女の波乱に満ちた人生とは?
ケルン

ヘルマン・グリンと空腹のライオン

13世紀、ケルンでは、ファルケンブルクのエンゲルベルト大司教(Engelbert)が教会の支配権を握り、貴族・市民と対立を繰り返し、血なまぐさい戦いに発展していた。大司教には自身を支持する二人の律宗司祭がおり、司教の飼っているライオンを大...
ヴュルツブルク

第一回ノーベル賞を受賞した偉人

ヴィルヘルム・コンラート・レントゲン ヴュルツブルク中央駅を出てカイザー通りを右手に折れると、ヴュルツブルク出身の偉人を称えた記念館が見える。レントゲン写真(X線)を発明し、1901年に第1回ノーベル物理学賞を受賞したヴィルヘルム・...
ヴュルツブルク

腕を折られた天才彫刻家

ティルマン・リーメンシュナイダーは中世ドイツの彫刻家であり、数々の名作を残している。同時代に活躍したファイト・シュトス、アダム・クラフトと並んで、ゴシック時代後期の最も重要なドイツの彫刻家と見なされている。この時代のヴュルツブルクは、ゴシ...
ハイデルベルク

ヴェルサイユからの手紙

ライン河畔のハイデルベルク城は、フランスのルイ14世の軍隊に蹂躙され破壊された。この「プァルツ継承戦争」のきっかけとなった人物の一人が、リーゼロット・フォン・デア・ファルツだ。彼女は嫁ぎ先のフランスから3000通にも及ぶ手紙を書き続ける。
トリ―ア

ドイツ最古の町 /トレベタ伝説

モーゼル川沿いに位置するトリーアは、古代から交通の要衝地であるとともに、古くからフランス文化の影響を濃厚に受けていた。ドイツワイン発祥の地であり、世界的ブランドとして有名なモーゼルワインの一大生産地である。近隣の都市としては、約95キロ北...
ローテンブルク

ローテンブルク博物館

現在のローテンブルク博物館は、2019年まで帝国都市博物館(Reichsstadtmuseum)と呼ばれていた。以前はドミニコ会修道院であった場所に建てられた博物館には、絵画、彫刻、武具など3万点にも及ぶ展示品が納められている。北イタリア...
ブラウンシュヴァイク

獅子王と赤髭

ブラウンシュヴァイク は、中世においては、神聖ローマ皇帝と争ったハインリヒ獅子公の拠点であった。ブラウンシュヴァイクのダンクヴァルデローデ城と ブラウンシュヴァイク大聖堂の前のブルク広場には、この町を象徴するライオンの像が建っている。この...
ディンケルスビュール

町を救った子供たち

かつての帝国自由都市ディンケルスビュールでは、毎年《キンダーツェッヘ》と呼ばれるお祭りが開催される。三十年戦争の頃、スウェーデン軍による侵略から町を救った子供たちを称えたお祭りだ。この日には子供たちが町をパレードする。
バート・ホンブルク

義足の王

バート・ホンブルクは、正式名称をバート・ホンブルク・フォア・デア・へーエ(Bad Homburg vor der Höhe)という。バートと頭についていることからわかるように、温泉が湧く町だ。フランクフルトから北にわずか20キロのところに...
バート・フランケンハウゼン

眠れる伝説の皇帝

バート・フランケンハウゼン(Bad Frankenhausen)は、キフフォイザー山地の南に位置する人口一万人ほどの小さな町だ。この町から20キロほど北に上がったところに、カイザーヴィルヘルム国定公園がある。1871年にドイツ帝国が統一さ...
ヴュルツブルク

世界最大のフレスコ画

階段の間 世界遺産レジデンツの階段の間にあるフレスコ画は、ジョバンニ・バティスタ・ティエポロの作品で、フレスコ画としては世界最大だ。 ティエポロはルネサンス期最後の巨匠と呼ばれる西洋絵画の大家だ。浅田次郎著の『蒼穹の昴...
オスナブリュック

カール大帝とオスナブリュック

オスナブリュック。この辺りには、ゲルマン民族の大移動ののち、ザクセン族が定住した。そしてこのザクセン族を平定するべく、遠征にやってきたのがカール大帝であった。772年から804年までのザクセン戦争と呼ばれる戦争で、カールはザクセン族のヴィ...
ニュルンベルク

網で焼かれた聖人

【聖ロレンツ教会】《ハンドヴェルカー・ホーフ》を抜けて旧市街に入り、一番最初に目にする教会が聖ロレンツ教会だ。この教会は13世紀から15世紀にかけて建築されたゴシック様式の教会で、正面の美しいバラ窓でも知られるニュルンベルク最大のプロテス...
ハーナウ

破壊後も残された二重教会

《ワロン・オランダ教会》(Wallonisch-Niederländische Kirche)は、グリム兄弟の銅像が立つ町の中心にある広場から、歩いて3分ほどのところにある。教会を囲むように新興住宅が立ち並んでいるので、一種独特の...
デュッセルドルフ

ベンラート城

デュッセルドルフ中央駅から南に10キロほど下ったところに、ベンラートという地区がある。ヨハン・ヴィルヘルム亡きあと、選帝侯位を継いだカール・テオドールは、文化や学芸の振興に熱心であり、ここにベンラート城を建設している。もともとこの場所には...
ナウムブルク

ザクセン兄弟戦争

ザクセン=アンハルト州にあるナウムブルクは、ザーレ河畔にある美しい町だ。この町で1500年以上前、ある和約が結ばれた。この風光明媚な町で結ばれた和平条約は《ナウムブルクの和約》と呼ばれる。この和約は、後に《ザクセン兄弟戦争》(Sächsi...
ドイツ周辺地域

シュタウフェン朝の終焉

フリードリッヒ2世。バルバロッサと呼ばれた神聖ローマ皇帝フリードリッヒ1世の孫にして、第6回十字軍においてエルサレム無血開城を実現した人物である。フリードリッヒ2世は、1209年、コンスタンサ・デ・アラゴン・イ・カスティーリャ(Const...
ブレーメン

破壊された農民の国

ブレーメンの北西、アルテネシュ(Altenesch)には、とある戦争の記念碑が建てられている。これは、12世紀に起こった《シュテディンガーの戦い(Stedingerkrieg)》の中の、局地戦として知られる、《アルテネシュの戦い(Schl...
ニュルンベルク

大地のリンゴ ー世界最初の地球儀ー

【ゲルマン国立博物館】ニュルンベルクにあるゲルマン国立博物館は、ドイツ最大の文化史博物館であり、ニュルンベルク生まれの巨匠、アルブレヒト・デューラーの作品も多数展示されている。また、若き日のデューラーが師と仰いぎ、自身のロールモデルとした...
コッヘム

800年間一度も破壊されなかった城

【エルツ城】コッヘムとコブレンツの中間に位置するエルツ城は、ドイツの人気の城を調べたランキングでは、ノイシュバンシュタイン城、ホーエンツォレルン城などと並んで、必ずトップ10 に入る人気の城だ。このエルツ川の谷から70メートルの岩山の上に...
シュヴェーリン

バルドウィックの奇妙な挨拶

シュヴェリーンのマルクト広場には奇妙なモニュメントが建てられている。ひし形をした柱の上部には、うっすらにやけたような顔のライオンが左足を揚げ、今にも前に歩き出しそうな様子で佇んでいる。1995年、メックレンブルク創設1000年を祝すととも...
ケルン

1074年の蜂起

ケルンは古くからカトリック教会の力が強いところであった。この時代のケルンを治めていたのは、アンノという司教であった。アンノ大司教はこの時代のほとんどの司教や大司教がそうであったように、司教領・大司教領の領主でもあった。教会の運営に留まらず...
マンハイム

碁盤目の宮廷都市

マンハイムは、ライン川とネッカー川の合流地点に位置する町だ。マンハイムが最初に文献で言及されたのは766年。ロルシュ修道院(Kloster Lorsch)にある文書コレクションに「Mannheim」の記載がある。当時はさほど重要ではない小...
ハノーファー

カロライン・ハーシェルと彗星の発見

ハノーファー中央駅を南に15分ほど歩くと、ガルテンフリートホーフ(Gartenfriedhof)という墓地にでる。この墓地には、ゲーテの『若きヴェルテルの悩み』に登場するロッテのモデルであるシャーロット・ケストナー(Charlotte K...
デュッセルドルフ

ネアンデルタール人はどこから来たのか?

デュッセルドルフのメットマン地区にあるネアンデルタール博物館。150年前、この町の近郊にあるフェルトホッファー洞窟で、ネアンデルタール人の骨が発見された。近年の研究では、現代人の遺伝子の4%程の遺伝子がネアンデルタール人に由来するという。現生人類とネアンデルタール人の関係とは?
フランクフルト

フランクフルトの頭蓋骨

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテは自伝「詩と真実」の中で、故郷のフランクフルト・アム・マインで、子供の頃の恐ろしい展示について報告している。それは橋の塔に突き刺さった先端に寄りかかった。 「国家犯罪者の頭蓋骨」は、橋塔の尖塔に突き刺...
アウグスブルク

片腕のパン屋

アウグスブルクの要塞跡 アウグスブルクにはローマ時代から要塞があった。 中世には、塔と堀のある新しい壁が建てられ、何世紀にもわたって強化され、拡張を繰り返してきた。 19世紀に入ってアウグスブルクの城塞は取り払われることとなったが、...
コンスタンツ

皇帝と教皇と売春婦

今から600年以上前、ここコンスタンツでは、《コンスタンツ公会議》と呼ばれる宗教会議が開かれていた。公会議というのは、ローマ=カトリック教会の教義を決定する為に、ローマ帝国皇帝や教皇が開催する最高会議のことだ。325年に開かれた第1回公会...
アーヘン

世界を変えたパレルモの皇帝

1215年、男はアーヘン大聖堂でローマ王に戴冠され、その場で聖地奪還のための十字軍を率いることを誓約した。神聖ローマ皇帝フリードリッヒ2世である。フリードリヒはライン河畔の町や、ヴォルムス、シュパイアーにしばらく滞在したあと、シチリア島の...
☆その他

ドイツのルネサンス建築

ルネッサンス、活版印刷の発明、アメリカ大陸の発見、宗教改革によって世界は変わり始めた。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ウィリアム・シェイクスピア、アルブレヒト・デューラー、ロッテルダムのエラスムス、マルティン・ルターはすべて、ま...
タンガーミュンデ

強盗騎士団と新任の選帝侯

ベルリンから西に120キロ。タンガーミュンデ(Tangermünde)という小さな町がある。現在ではザクセン=アンハルト州に属する、エルベ川沿いの町だ。以前はハンザ同盟に加盟していたこともある。 タンガーミュンデ 城の前にある広場には、神...
バッハラッハ

皇帝に破壊された城

ビンゲンとバッハラッハの中間に位置するライン河畔の古城、ゾーンエック城。中部ライン地域に残る古城のなかでもひと際美しいこの城には、かつてこの地域を荒らした強盗騎士たちが巣くっていた。彼らの略奪行為に堪忍袋の緒が切れたハプスブルク家出身の神聖ローマ皇帝ルドルフ1世がついにその鉄槌を下す。
ヴュルツブルク

農民のために戦った騎士

ヴュルツブルクから17キロ南に下ったところにギーベルシュタット(Giebelstadt)という村がある。16世紀、この村に農民のために戦った騎士がいた。名前をフロリアン・ガイエル(Florian Geyer)と言う。ガイエルは、フランケン...
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