クッキーブログ

アウグスブルク

片腕のパン屋

アウグスブルクの要塞跡 アウグスブルクにはローマ時代から要塞があった。 中世には、塔と堀のある新しい壁が建てられ、何世紀にもわたって強化され、拡張を繰り返してきた。 19世紀に入ってアウグスブルクの城塞は取り払われることとなったが、...
アウグスブルク

マキシミリアン博物館

市立マクシミリアン博物館はアウグスブルクで最も古い博物館であり、1856年、アウグスブルク訪問中であったバイエルン国王マクシミリアン2世にちなんで名付けられた。 1854年に開館したこの博物館は、膨大な美術史コレクションのほか、中世から1...
バイロイト

バイロイト城の白い女

バイロイトに建つノイエス・シュロス(Neue Schloss Bayreuth)は、以前の城が1753年の火災で居住が不可能になったため、同年建設が開始された。1758年までには、建物は概ね完成し、バイロイト公国の居住地となった。 ...
ブレーメン

ブレーメン大聖堂博物館

ブレーメンの聖ピエトリ大聖堂にある大聖堂博物館は、1987年、中世の司教の墓から出土したものを収蔵するために設立された。1973 年から 1976 年にかけて大聖堂が修復されていた時に、発掘調査が同時に行われた。 3 年間にわたる発掘調査...
ウルム

世界一の高さを誇る教会

世界で一番高い宗教建築と言われるウルム大聖堂。その高さは、ケルン大聖堂や、バチカンのサンピエトロ寺院、パリのノートルダムをも凌駕する。第二次世界大戦の被害も奇跡的に免れたが、「世界一高い」という称号は間もなく手放すこととなる・・・
ミュンスター

教会にかかる三つの檻

聖ランベルトゥス教会は、大聖堂と並んで、ミュンスターで最も大きな教会の1つに数えられる。以前はロマネスク様式の下部と後期ゴシック様式の上部からなる《ランベルティ塔》として知られていた。繰り返し塔の高さを伸長したため、その重さにより...
ヴィッテンベルク

ルターが掲げた《95ヵ条の論題》

ヴィッテンベルクの城教会。16世紀、マルティン・ルターはこの教会の扉に《95か条の論題》を張り出し、それにより教会批判は瞬く間にドイツ全土へと広がる。これに続く宗教改革はドイツを二分する論争を巻き起こし、やがて欧州中を巻き込む戦争にまで発展する。波乱の人生を送ったルターの物語。
ニュルンベルク

中世から続くクリスマスのお菓子

ドイツでクリスマスシーズンに好んで食べられるレープクーヘン。12世紀にはじまるこのお菓子の起源と、日本でも人気のシュトーレンやバウムクーヘン、そしてハンガリーが起源のキュルテシュコラーチュなども紹介。
フュッセン

偽りの城

「決して完成することのない城」、「ドイツ人のおとぎ話の城」と呼ばれ、これほど多くの観光客を引き寄せる観光資源は他にはない。ユネスコの世界遺産の称号を手にすることなどないが、ホーエンシュヴァンガウ近くのノイシュヴァンシュタイン城は、雲の中の...
トルガウ

ブランデンブルクの「もうひとつの奇跡」

エルベ川の西岸にある小さな町、トルガウ。この町は7年戦争において、オーストリア軍とプロイセン軍が熾烈な戦いを繰り広げたことで知られている。オーストリア・ロシア連合軍と対峙した敗北寸前のプロイセン。フリードリッヒ1世はこの難局をどう乗り越えたのか?後に「奇跡」と呼ばれるプロイセンの奮闘。
写真館 / フォトギャラリー

マイセン市内

ニュルンベルク

仕掛け時計が示す金印勅書

フラウエン教会ハウプトマルクト(中央広場)の東側に建つゴシック建築。写真:Wikipedia フラウエン教会とは、ドイツ語で《聖母教会》という意味でドイツ各地に同名の教会が建てられてる。特にミュンヘンやドレスデン、ベルリンのフラウエ...
写真館 / フォトギャラリー

ロストック市内

ゴータ

黒羊と噛まれた公爵

ゴータ(Gotha)の町の行政区にフリードリヒローダ(Friedrichroda)と呼ばれる地区がある。そこには、ラインハルツブルン城(Reinhardsbrunn)と呼ばれる城がある。この城に付随する教会には、マイセン辺境伯ならびにテュ...
ベルリン

《熊》と呼ばれた伯爵

べリリン・シュパンダウ地区にあるシュパンダウ要塞。ここに建てられた、十字架を掲げる騎士の像は、《熊》とあだ名されたアルブレヒト辺境伯のものだ。この像は、もともとベルリン・ティアガルテンにあるジーゲスアレーにあったが、1979年以降、現在の...
デュッセルドルフ

デュッセルドルフの吸血鬼

19世紀、デュッセルドルフ市民を恐怖のどん底に陥れた連続殺人事件が発生した。男はデュッセルドルフ中央駅を中心に次の犠牲者を探していた。被害者の血を飲んだという噂から、《デュッセルドルフの吸血鬼》と呼ばれたペーター・キュルンテン。この男を犯行に向かわせたものは一体何だったのか?
アウグスブルク

聖アフラ教区博物館

アウグスブルク大聖堂裏にある聖アフラ教区博物館は一見の価値がある。市庁舎の前を通る目抜き通りであるマキシミリアン通り。その端に位置する為に、アウグスブルク大聖堂の裏手に位置する宝物庫は訪問客もあまり多くはない。しかし、この宝物庫には15世...
ハノーファー

カロライン・ハーシェルと彗星の発見

ハノーファー中央駅を南に15分ほど歩くと、ガルテンフリートホーフ(Gartenfriedhof)という墓地にでる。この墓地には、ゲーテの『若きヴェルテルの悩み』に登場するロッテのモデルであるシャーロット・ケストナー(Charlotte K...
ケルン

恋に落ちた大司教

1577年12月5日、ケルン大聖堂で新しい大司教を選ぶ選挙が行われた。候補者は2名。バイエルン公アルブレヒト5世の末息子エルンストとヴァルトブルクの司教、ゲープハルト2世である。 マクシミリアン皇帝とグレゴリウス13世は、エルンスト...
ミュンヘン

王を破滅させた踊り子

ミュンヘンの西、ノイハウゼン-ニンフェンブルク地区には、何世紀にもわたってヴィッテルスバッハ家の夏の離宮であったニンフェンブルク城(Schloss Nymphenburg)がある。 このバロックの宮殿は、180ヘクタールにも及ぶ公園も備え...
リューデスハイム

中世最大の賢女

リューデスハイム近郊の聖ヒルデガルト修道院。ここは中世最大の賢女と言われたヒルデガルト・フォン・ビンゲンと関わりが深い。自身の神秘体験から《道を知れ》という著作を残した彼女は、薬草学にも通じたカリスマであった。バルバロッサこと神聖ローマ皇帝フリードリッヒ1世の未来を予言したとも言われる彼女の波乱に満ちた人生とは?
アルテンブルク

アルテンブルク王子誘拐事件

ライプツィヒから南に50キロの地点にアルテンブルクという町がある。この町は976年、神聖ローマ皇帝オットー2世によってはじめて言及されている。この町を訪れた皇帝は多く、ロタール3世、コンラート3世、ハインリッヒ6世、オットー4世、フリード...
カイザースヴェルト

《皇帝の島》と呼ばれる理由は?

デュッセルドルフ空港の北側、旧市街に出るのとは反対の方角に、カイザースヴェルトという町がある。デュッセルドルフ市に属するライン川沿いの小さな町で、日本人駐在員も多く住む閑静な住宅街だ。デュッセルドルフの旧市街からも地下鉄一本で行くことがで...
ノイス

ノイス包囲戦

現在はデュッセルドルフの一地区となっているノイスだが、15世紀にはブルゴーニュ公シャルルによって町が包囲される事態を経験している。《ノイス包囲戦》として知られるこの戦いは、小さな町であったノイスがブルゴーニュの大軍に包囲されながらも1年近...
ハイルブロン

鉄腕ゲッツ

ハイルブロン近郊を根城とし、誘拐、強盗、私闘と数々の悪事を働いてきた「鉄腕ゲッツ」こと、ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン。ゲーテの作品で紹介されるまでは忘れ去られた存在であった。神聖ローマ皇帝マキシミリアン1世にも盾突いた強盗騎士ゲッツの人生。
デュッセルドルフ

ベンラート城

デュッセルドルフ中央駅から南に10キロほど下ったところに、ベンラートという地区がある。ヨハン・ヴィルヘルム亡きあと、選帝侯位を継いだカール・テオドールは、文化や学芸の振興に熱心であり、ここにベンラート城を建設している。もともとこの場所には...
アーヘン

世界を変えたパレルモの皇帝

1215年、男はアーヘン大聖堂でローマ王に戴冠され、その場で聖地奪還のための十字軍を率いることを誓約した。神聖ローマ皇帝フリードリッヒ2世である。フリードリヒはライン河畔の町や、ヴォルムス、シュパイアーにしばらく滞在したあと、シチリア島の...
ヴォルムス

運命の車輪

ルターの記念碑を離れて、オーバーマルクトという広場に出ると、噴水が見える。中央には円形の記念碑が聳えている。これは《運命の車輪》(Schicksal Rad)と呼ばれていて、ヴォルムス市で起こった様々な出来事や市にゆかりの深い人物が描か...
バート・ザルツィッヒ

石になった修道女

ライン河畔の風光明媚な町、バート・ザルツィッヒ。この町は、三十年戦争中、スウェーデン軍による攻撃にさらされた。町が焼かれ、カトリック教会は破壊された。荒ぶるスウェーデン軍はいよいよ町の修道院に迫ったが、アンジェリカという若い修道女だけがなんとか脱出に成功する。彼女の運命は?
写真館 / フォトギャラリー

リューネブルク ザルツ ミュージアム(塩博物館)

シュパイヤー

シュパイヤーに響く鐘

ザリエル朝の皇帝が数多く埋葬されていることからカイザースドーム(皇帝大聖堂)と呼ばれ、世界遺産にも登録されているシュパイヤー大聖堂。ここに埋葬されている皇帝のなかでも、ハインリッヒ4世と5世の親子にスポットライトを当てる。親子の確執と裏切り。そしてシュパイヤーに伝わる伝説とは?
アウグスブルク

最後の騎士

アウグスブルクの市庁舎前の通りは、北の大聖堂(Augsburger Dom)と南のウルリッヒ・アフラ教会を結んでいる市の目抜き通りだ。この通り沿いには、レストランやバーが立ち並び、夏には大勢のアウグスブルク市民がテラス席に座り、夜遅くまで...
ビンゲン

ネズミに喰われた司教

ビンゲンの近く、この辺りを流れるライン川は、危険な岩が多く、また流れも急であったため、昔からこの地域の航行は、非常に危険であると考えられていた。今日では危険な岩のほとんどが爆破されているが、当時は船乗りたちにとっては通行の難所であった場所...
ダッハウ

ダッハウ強制収容所

ミュンヘン近郊の町ダッハウ。ここにはかつてナチスの強制収容所があった。ドイツ共産党員、ロマ、同性愛者など様々な人々が不当に収容され、多くが処刑された。また残酷な人体実験が繰り返し行われた場所でもある。その組織と収容のノウハウが、すべてのナチス収容所のモデルになったとも言われるダッハウ強制収容所。その歴史を振り返る。
アルツェナウ

妻に救われた騎士

ハーナウ近郊に《アルツェナウ》という町がある。行政区分上はアシャッフェンブルク市に属し、ハーナウのあるヘッセン州ではなく、バイエルン州に属するのだが、アシャッフェンブルクからよりも、ハーナウからのほうがアクセスが良く、クルマでも2...
シュヴェーリン

北のノイシュバンシュタイン城

シュヴェーリン城はその美しさから、しばしば「北のノイシュバンシュタイン城」とも形容される。このブルク湖に浮かぶ城は、ユネスコ世界遺産にも登録申請がなされている。中世からの歴史をもつシュヴェーリン城は、城内に小人の霊が現れるという噂も手伝って、観光客に絶大な人気を誇っている。「北のノイシュバンシュタイン城」を案内する。
デュッセルドルフ

メディチ家の花嫁

イタリアはフィレンツェのアルノ川沿いにウフィツィ美術館が建っている。いつも大勢の訪問者が行列をなしているが、入館の番が回ってきて、館内に一歩踏み入れると、頭上に一人の貴婦人の肖像画が目に留まる。美術館で最初に目にする肖像画だ。 アン...
写真館 / フォトギャラリー

オスナブリュック市庁舎

ヴュルツブルク

愛を詠った中世の詩人

ノイミュンスター教会にはミンネゼンガー(吟遊詩人)として有名なヴァルター・フォン・デア・フォーゲルワイデの墓碑がある。ミンネ(愛)+ザング(歌)とは文字どおり愛をテーマにした歌であり、中世の騎士道精神を反映した一種の流行だった。 ミ...
ディンケルスビュール

町を救った子供たち

かつての帝国自由都市ディンケルスビュールでは、毎年《キンダーツェッヘ》と呼ばれるお祭りが開催される。三十年戦争の頃、スウェーデン軍による侵略から町を救った子供たちを称えたお祭りだ。この日には子供たちが町をパレードする。
ニュルンベルク

ドイツを走った最初の鉄道

1830年にイギリスのリバプールとマンチェスター間に最初の鉄道が走ってから遅れること5年、1835年にドイツ語で鷲を意味する《Adler》と名付けられたドイツで最初の鉄道がニュルンベルクとフュルト間に開通した。そんなこともあって、1899...
ハーメルン

ゼデミュンデの戦い

13世紀、ハーメルン地方で守護職を務めていたのは、ハーフェルシュタインという伯爵家であった。この時代、ドイツではシュタウフェン家の神聖ローマ皇帝バルバロッサと、ヴェルフェン家の有力諸侯ハインリッヒ獅子公が、皇帝のイタリア政策を巡り対立して...
ベルリン

王になった《猫背のフリッツ》

ベルリンに位置するシャルロッテンブルク。その南西の角に聳える彫像は初代プロイセン国王フリードリッヒ1世である。 シャルロッテンブルク(Source:wikipedia.de) 初代プロイセン国王フリードリッヒ1世(wikipe...
クヴェトリンブルク

クヴェトリンブルクの鳥好きの国王

クヴェトリンブルクを流れるボーデ川。その川のほとり、トゥルン通り(Turnstraße)とアデルハイド通り (Adelheidstraße)が交差する広場に、面白い噴水がある。これは、「ザクセン公ハインリッヒの噴水」と呼ばれる噴水で、ハイ...
フランクフルト

フランクフルトの頭蓋骨

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテは自伝「詩と真実」の中で、故郷のフランクフルト・アム・マインで、子供の頃の恐ろしい展示について報告している。それは橋の塔に突き刺さった先端に寄りかかった。 「国家犯罪者の頭蓋骨」は、橋塔の尖塔に突き刺...
写真館 / フォトギャラリー

マグデブルク市内

マイセン

アデルハイドと3人の皇帝

マイセン大聖堂(筆者撮影) エルベ河畔に建つマイセン大聖堂。この大聖堂は、アルブレヒト城、司教城などと共にこの町の丘に聳える建築アッセンブルのいち役を担っている。このゴシック様式の大聖堂の内部も外観に劣らず見所が多い。ニュルンベルク...
メルドルフ

ひげを失った王

北海、アイダー、エルベ、キール運河の間のシュレスヴィヒ=ホルシュタイン南西部の地域は、ディットマールシェン(Dithmarschen)と呼ばれ、中世から存在している。ディットマールシェンは伝統的に(旧)自由農民共和国(freie Baue...
バーデンバーデン

騎士ケラーの十字架

湯治町バーデンバーデンの北に位置する古城ホーエンバーデン城の遺跡。この地域には不思議な伝説が数多く伝わっている。ホーエンバーデン城で辺境伯夫人に仕えた騎士ケラーは、ある夜、森で美女と出会うのだが・・・ホーエンバーデン城に伝わる不思議な物語。
マイセン

マイセン大聖堂

マイセン大聖堂は、アレッツォの聖ヨハネスと聖ドナトゥスに捧げられており、二人の聖人の名前が付けられている。アレッツォの聖ドナトゥス(Donatus von Arezzo)は、Meissenの主教区の守護聖人であり、今日のDresden-M...
ベルリン

ブランデンブルクの15歳の王

ベルリンのシュパンダウ地区。シュパンダウ旧市街の北には、シュパンダウ要塞(Zitadelle Spandau)がある。この要塞の中核は中世に建てられた城であり、その砦と宮殿は現在でもよく保存されている。 1559年から1594年にかけて、...
アウグスブルク

アウグスブルクが生んだ天才画家

アウグスブルク旧市街に存在したハンス・ホルバインの生家。彼は故郷ドイツよりもイギリスにおいて画家としての名声を博するようになる。アウグスブルクを出て、イングランドでヘンリー8世の寵愛を受けた絶頂期から転落まで。
レーゲンスブルク

ドイツ郵便と華麗なる一族

レーゲンスブルク近郊にある聖エメラム城は、トゥルン・ウント・タクシス家の拠点だ。この施設は、修道院を住居に変えた珍しい例となっている。 トゥルン・ウント・タクシス一族の歴史は12世紀初頭にまで遡る。この当時、トゥルン・ウント・タクシ...
ハイデルベルク

ヴェルサイユからの手紙

ライン河畔のハイデルベルク城は、フランスのルイ14世の軍隊に蹂躙され破壊された。この「プァルツ継承戦争」のきっかけとなった人物の一人が、リーゼロット・フォン・デア・ファルツだ。彼女は嫁ぎ先のフランスから3000通にも及ぶ手紙を書き続ける。
ミュンヘン

オクトーバーフェストの起源

ナポレオンの時代に王国となったバイエルンだったが、領民は愛国心を著しく欠いていた。そこでマキシミリアン1世ヨーゼフが一案を出した・・・ミュンヘンで毎年行われる世界的なイベント《オクトーバーフェスト》が始まった理由とは?
ケルン

ケルン大司教列伝 ②

アンノ大司教(Anno) アンノはシュヴァーベン出身の取るに足らない貴族の出であった。アンノはバンベルク大聖堂学校から宮廷へ、ゴスラーのプロボストからケルン大司教へという経歴を経ている。当時、ケルンの人々は、皇帝ハインリッヒ3世が、...
シュパイヤー

コンラートとハインリッヒ

シュパイヤーに大聖堂を築いた神聖ローマ皇帝コンラート2世と、その跡を継いだハインリッヒ3世。二人のザリエル朝の皇帝は、帝国に強大すぎる皇帝権力を生んだが、それをよく思わない勢力も存在した。二人が治めた帝国は、《カノッサの屈辱》で有名なハインリッヒ4世へと受け継がれていくのだが・・・
ミュンヘン

聖夜の大殺戮

ミュンヘンの中心地、マリエン広場。ここから南西に3キロほどのところにある男の銅像が建てられている。この銅像は18世紀にミュンヘンで起こったある大虐殺事件で英雄的な行動をとったとされ、記念碑を建立された人物だ。この銅像は《コッヘルの鍛冶屋の...
マグデブルグ

マグデブルクの結婚式

1631年5月20日にマクデブルクで起こったことは、三十年戦争と人類の歴史の中で最も暗い章の1つであると言われている。《マクデブルクの結婚式》として歴史に残るこの事件は、25,000人以上の命を奪ったと言われる。日本語では《マグデブルグの...
アーヘン

アーヘンの悪魔

アーヘンのランドマークであるアーヘン大聖堂。聖母マリアを守護聖人としているため、聖マリア教会とも呼ばれる。8世紀の終わり頃、カール大帝はこの大聖堂の中央と西側の建物を自身の宮殿の複合施設の中核として建設したのだった。礎石は795年頃に置か...
エッセン

エッセン ルール美術館 特別展《ライン・ルール地方の貴族》

この特別展では、中世初期から現在までのライン川とルール地方の貴族の歴史全体の概要を初めて紹介している。ユネスコ世界遺産に登録された高さ12メートルの壕の中で、約160の美術館から借りたアーカイブ、図書館、個人コレクションなど、80...
ケルン

ヘルマン・グリンと空腹のライオン

13世紀、ケルンでは、ファルケンブルクのエンゲルベルト大司教(Engelbert)が教会の支配権を握り、貴族・市民と対立を繰り返し、血なまぐさい戦いに発展していた。大司教には自身を支持する二人の律宗司祭がおり、司教の飼っているライオンを大...
ロルヒ

ロルヒに伝わる《悪魔の階段》

リューデスハイム近郊にある小さな町、ロルヒ。ノリッヒ城の城跡もあるこの町は、14世紀頃に建てられた。この土地に住んでいたシボ・フォン・ロルヒという騎士のもとに、ある日珍しい客がやってくるのだが・・・このあたりに特有の地形にも由来するロルヒの伝承を紹介。
ヴュルツブルク

フランケンワイン

マイン河畔に位置するヴュルツブルクは、ドイツでも有数のワインの産地だ。 ヴュルツブルク中央駅からカイザー通りを進むと、フランケンワインを販売している【ユリウス・シュピタール】に出る。ここはヨーロッパ各地で愛されるフランケンワ...
ワイマール

公爵夫人の図書館

アンナ・アマーリア(Anna Amalia)は、1739年10月24日、ブラウンシュヴァイクのプリンセスとしてヴォルフェンビュッテル城(Schloss Wolfenbüttel)で生まれた。彼女は、ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッ...
シュパイヤー

嘲笑された貧乏皇帝

中世には、帝国自由都市として、シュパイアーはドイツ国家の神聖ローマ帝国の最も重要な都市の1つであった。シュパイアーを有名にしている大聖堂は、現存する世界最大のロマネスク様式の教会であり、1981年以来ユネスコの世界遺産に登録されている。 ...
デュッセルドルフ

焼け落ちたデュッセルドルフ城

ライン川沿いに広がるデュッセルドルフ旧市街。ライン川沿いには多数のレストランが立ち並び、天気のいい日にはプロミナードで多くの人が散歩を楽しんでいる。この辺りにかつてはデュッセルドルフにも城が聳えていた。城はベルク伯爵の平城として1260年...
ヴェルニゲローデ

ハルツ地方のカラフルな町

ザクセン=アンハルト州ハルツ山地の麓にあるヴェルニゲローデは、ゲーテやハイネも訪れた場所だ。魔女伝説で有名な場所でもあり、丘の上に聳えるヴェルニゲローデ城は《ラプンツェル》のモデルにもなった。市庁舎は「ドイツで最も美しい」との呼び声も。
タンガーミュンデ

強盗騎士団と新任の選帝侯

ベルリンから西に120キロ。タンガーミュンデ(Tangermünde)という小さな町がある。現在ではザクセン=アンハルト州に属する、エルベ川沿いの町だ。以前はハンザ同盟に加盟していたこともある。 タンガーミュンデ 城の前にある広場には、神...
ドイツ周辺地域

シュタウフェン朝の終焉

フリードリッヒ2世。バルバロッサと呼ばれた神聖ローマ皇帝フリードリッヒ1世の孫にして、第6回十字軍においてエルサレム無血開城を実現した人物である。フリードリッヒ2世は、1209年、コンスタンサ・デ・アラゴン・イ・カスティーリャ(Const...
デュッセルドルフ

デュッセルドルフの舞踏会

デュッセルドルフで貴族だけを招いて開かれた公爵主催の仮面舞踏会。豪華な衣装に身を包んだ貴族たちの中でもひと際注目を集めるひとりの男。公爵夫人はこの優雅な黒づくめの男とダンスを楽しむが・・・謎に満ちたこの男の正体とは?ベルゲンのシェルメン家創設にまつわる伝説。
ラントシュトゥール

フランツ・フォン・シッキンゲンのナンシュタイン城

ラントシュトゥールにあるナンシュタイン城。ここには伝説の騎士、フランツ・フォン・シッキンゲンが暮らしていた。ここを拠点に戦争と私闘によって勢力を伸ばし、一時は神聖ローマ皇帝フリードリッヒ1世にも仕えた男は、絶大な権力を誇ったトリーア大司教に戦いを挑む。伝説の騎士の運命は?
ザンクト・ゴア―ルスハウゼン

ラインの精霊 ローレライ

ザンクトゴア―ルスハウゼン近くの《ローレライ》では、その昔、夕暮れに美しく若い女性が目撃されることがあった。この女性は美しい声で歌い、その歌声を聞いた船人はかじ取りを誤り、ライン川に飲み込まれたのだった。伝承と観光地としてのローレライに迫る。
マイエン

インディージョーンズが捕らえられた城

マイエン近くのビュレスハイム城。建設以降、一度も征服・破壊を経験していないこの中世の城は、映画《インディージョーンズ 最後の聖戦》の舞台ともなった。スピルバーグ監督をも魅了したこの城の魅力とは?
マグデブルグ

マグデブルクの慈悲深い王妃

マグデブルク大聖堂に眠る王妃エドギダ。初代神聖ローマ皇帝オットー1世の最初の妻であったエドギダは、哀れみの心に溢れ、慈善活動を好んで行い、教会、修道院なども数多く建設した。オットー大帝からも心から愛された王妃エドギダの人柄をエピソードとともに紹介。
ミュンヘン

ヴィッテルスバッハ家の皇帝 ルートヴィッヒ4世

ミュンヘンにあるルートヴィッヒ4世の像。ミュールドルフの戦いで対立王に対して勝利したルートヴィッヒ4世は皇帝権を強め、敵方に与した者は兄でも追放した。教皇との対立さえ辞さず、皇帝権力、ヴィッテルスバッハ家の権力拡大に全力を尽くしたルートヴィッヒ4世であったが、その強引な統治は次第に周囲の反発を生んでいく。
コッヘム

800年間一度も破壊されなかった城

【エルツ城】コッヘムとコブレンツの中間に位置するエルツ城は、ドイツの人気の城を調べたランキングでは、ノイシュバンシュタイン城、ホーエンツォレルン城などと並んで、必ずトップ10 に入る人気の城だ。このエルツ川の谷から70メートルの岩山の上に...
ケルン

ケルンの小人

ケルン大聖堂から南へ歩いて2分。アム・ホーフ(Am Hof)という通りには、フリュー(Früh)と呼ばれる、ケルンで一番古いビール醸造所がある。そのすぐ近くに、ハインツェルメンヒェン噴水(Heinzelmännchenbrunnen)と呼...
リンブルク

市長になった強盗騎士

リンブルクの広場に建てられた、樽を掲げた男の奇妙な銅像。この男の名は、フリードリッヒ・フォン・ハットシュタイン。高貴な生まれながら、強盗騎士に身をやどし、最後はリンブルクの市長になったのだが・・・その波乱の人生とは?
ナウムブルク

ザクセン兄弟戦争

ザクセン=アンハルト州にあるナウムブルクは、ザーレ河畔にある美しい町だ。この町で1500年以上前、ある和約が結ばれた。この風光明媚な町で結ばれた和平条約は《ナウムブルクの和約》と呼ばれる。この和約は、後に《ザクセン兄弟戦争》(Sächsi...
カイザースヴェルト

クリミアの天使

【フローレンス・ナイチンゲール】 カイザースベルトでその名前忘れてはいけない人物がこの人物。フローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale)だ。 フローレンス・ナイチンゲール 工業化時代の始まりを...
写真館 / フォトギャラリー

リューネブルク博物館

☆その他

ドイツで最も美しい城10選

ドイツの旅行雑誌GEOは、ドイツの名城10選を発表している。有名なものから、日本人にとってはまだなじみの薄い城まで興味深いラインアップなので、以下に紹介してみたい。 リヒテンシュタイン城 (Source:geo.de) リヒテ...
オスナブリュック

カール大帝とオスナブリュック

オスナブリュック。この辺りには、ゲルマン民族の大移動ののち、ザクセン族が定住した。そしてこのザクセン族を平定するべく、遠征にやってきたのがカール大帝であった。772年から804年までのザクセン戦争と呼ばれる戦争で、カールはザクセン族のヴィ...
アウグスブルク

フッガー家の置き土産

15世紀以来、一時はイタリアのメディチ家をも凌駕する大富豪であったフッガー家とは、いったい何者であったのだろう。フッガー家の出自を探ると、アウグスブルク近郊にあるグラーベン(Graben)で織物業を営んでいたヨハン・フッガー(Johann...
トリ―ア

トリーアの怪物バジリスク

トリーアのノイ通り(Neustraße)は、ローマ時代のテルメなどがあるトリーア歴史地区の中心にあ、南北を結ぶ全長400メートルほどの通りだ。現在では多くの店が立ち並ぶショッピング通りとなっている。この辺りは、ローマ時代には、フォーラムが...
ヴェッツラー

偽皇帝現る

1285年夏:ヴェッツラーに混乱が走った。皇帝ルドルフ・フォン・ハプスブルクは、帝国都市の門前に野営を設置していた。ルドルフは怒りのまなざしで町を見つめ、このまま町を包囲して破壊すると脅した。ヴェッツラーは破滅の危機に瀕していた。 ...
ヴォルムス

《叙任権闘争》の妥協点

世界史の教科書で最初にヴォルムスの名前が出てくるのは、《ヴォルムス協約》( Wormser Konkordat)ではないだろうか。12世紀にローマ教皇と神聖ローマ皇帝の間で結ばれた協約のことだが、ことの発端は10世紀に遡る。 962...
ハーメルン

ハーメルンの笛吹き男

ドイツ、メルヘン街道にあるヴェーザー川沿いの町《ハーメルン》。ここには「ハーメルンの笛吹き男」に関する資料を多く展示する《ハーメルン博物館》がある。700年前にハーメルンで起こった失踪事件。130人の子供たちはどこに消えたのか?
ローテンブルク

町を救った大酒飲みの市長

毎年5月の末頃、ドイツではプィングステン(Pfingsten)という精霊降誕祭が祝われるのだが、この季節になるとローテンブルクでは町を上げて大人気の歴史劇が上演される。それが「 マイスタートルンク 」と呼ばれる祝祭劇だ。 ローテンブ...
フルダ

魔女の塔

フルダは魔女狩りが行われたことでも有名だ。町には《魔女の塔》(Hexenturm)と呼ばれる14メートルの塔が存在する。この塔は12世紀に造られたことがわかっており、城門と北門の一部として存在していたという。フルダに残る12世紀の...
エッセン

エッセン大聖堂 宝物庫

エッセン宝物庫(筆者撮影) 大聖堂の宝庫は、9世紀に設立され、1803年に世俗化されるまで存在していたエッセンの元女性修道院の宝庫に由来する。その後、教会の宝庫は、修道院に属していた聖ヨハンバプテストの教区教会の所有物となっている。...
ケルン

将軍と若き日の失恋

ケルンのアルターマルクト広場に存在するヨハン・フォン・ヴェルトの像。貧しい農家の息子ヨハンは、若き日にケルンの町で美しい町娘グリエットに恋をするのだが・・・現在でも「ヤン」の愛称で地元民から愛されるヨハンの波乱に満ちた半生。
ベルリン

ベルリンのシンボル

ベルリンのブランデンブルク門はちょうど10316日間閉鎖されていた。 1961年8月13日午前1時5分、世界的に有名なランドマークを毎晩照らしていたスポットライトが消えたのだった。そして、人々が「門」を取り戻したのは、28年後の1989年...
ワイマール

ワイマールのゲーテとシラー

ワイマールの劇場前に聳えるゲーテとシラーの銅像。18世紀ワイマールを治めたアンナ・アマ―リア公爵夫人とカール・アウグスト大公。ふたりはこの小国を文化都市へ変貌させようとした。この時代、ゲーテが、そしてシラーがこの町へとやってくる。ふたりの出会いからワイマールでの生活を振り返る。
ドレスデン

子供をもたらす噴水

ドレスデンには子宝をもたらすとされる噴水がある。このコウノトリの像が取付けられた噴水には、なんと既に16世紀から子供を望む人々が訪れていたという。コウノトリが赤ん坊をもたらすシンボルとなったのは何故か?民間に広く流布された伝承をユニークな噴水の歴史と合わせて紹介する。
リンブルク

世紀の大泥棒 シンダーハーネス

リンブルクに出没したドイツ版ロビンフッド《シンダーハーネス》。この男の正体は弱者の味方か、残虐な強盗か?強欲な貴族や高利貸しから金を奪ったかと思うと、貧しい人々にも分け与えた。その驚きの理由とは?
アウグスブルク

マリーアントワネットも立ち寄ったロココの宮殿

【シェッツラー宮殿】 アウグスブルクの目抜き通りであるマキシミリアン通りの《ヘラクレス噴水》(Herkulesbrunnen)が立つ、そのすぐそばにシェッツラー宮殿はある。今日のシェッツラー宮殿は、中世後期の古い貴族の家の跡地にあり...
写真館 / フォトギャラリー

モーリッツブルク城

マンハイム

碁盤目の宮廷都市

マンハイムは、ライン川とネッカー川の合流地点に位置する町だ。マンハイムが最初に文献で言及されたのは766年。ロルシュ修道院(Kloster Lorsch)にある文書コレクションに「Mannheim」の記載がある。当時はさほど重要ではない小...
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