ドイツを走った最初の鉄道

ニュルンベルク

1830年にイギリスのリバプールとマンチェスター間に最初の鉄道が走ってから遅れること5年、1835年にドイツ語で鷲を意味する《Adler》と名付けられたドイツで最初の鉄道がニュルンベルクとフュルト間に開通した。そんなこともあって、1899年にバイエルン王立鉄道博物館として設立されたのだ。現在、この交通博物館は世界で最も古い鉄道博物館だという。(現在の建物は1925年に建設)

ニュルンベルク交通博物館
写真:Wikipedia

ニュルンベルクは、1806年にバイエルン州に組み込まれた。その頃には、100を超える商店と大規模な職人のグループがこの町に居を構えていた。手工業、なかでも金属加工業はバイエル州以外の地域へも販売が行われてた。成功した手工業者はニュルンベルクだけに留まらず、7㎞離れたフュルトにも居住するようになった。鏡職人、金細工職人、家具職人は、商品の一部をニュルンベルクのディーラーに販売することにより、2つの都市の間で活発な経済交流が行われるようになっていった。

  1835年12月7日、最初の鉄道が開通した時の様子
参照:dbmuseum.de

1816年にはフュルトには1万3千人の住民がいた。そのうちの多くは日中ニュルンベルクで仕事をするために午前中にフュルトを出発し、仕事が終わった夕方にフュルトに戻るという生活を行っていた。毎日、40台から50台の車が2つの都市を行き来したという。こういった事情も相まって、ミュンヘンの鉄道開拓社がニュルンベルク―フュルト間に鉄道を敷くことを考え、バイエルン州議会でも提案したのだ。しかし、鉄道敷設に反対したのは、バイエルン州のルートヴィヒ1世だった。

また、ニュルンベルクとフュルトの間を通勤していた商人たちも、鉄道敷設にかかる費用のかなりの部分を負担させられることになっていたため、あまり乗り気ではなかった。そんな雰囲気が変化したのが、イギリスでリバプールとマンチェスター間に最初の鉄道が走り、大成功を収めた時だった。これによって、人々の移動手段としての鉄道の地位が確立されたのだった。手工業者たちも鉄道の有用性を認め、鉄道敷設によってもたらされる経済的恩恵の観点から、ルートヴィヒ1世は自らの意見を修正する必要に駆られたのだった。

現在、博物館はドイツ鉄道(Deutsche Bahn)が運営するDB博物館として運営されており、コブレンツとザーレ河畔のハレにそれぞれ支館がある。展示品のなかには、ルートヴィヒ2世のお召し列車 やイングランドのニューカッスル・アポン・タインで使われていた1829年製の石炭車(ヨーロッパ大陸で現存する中ではもっとも古い車両)などがある。

その他にも鉄道に関する書籍を集めた図書館や、鉄道模型などが展示されているほか、ドイツ最初の鉄道であるアドラー号のレプリカや、鉄道の運転シミュレーターも展示されている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました