シャルル・ルマーニュセンター | アーヘン新市立博物館

アーヘン

アーヘン市庁舎の前に広がるマルクト広場を通り、市庁舎の脇を通り抜けると、スパイスとはちみつをふんだんに使ったアーヘン名物の焼き菓子「アーヘナープリンテン」の香ばしい香りがゆるやかに漂ってくる。華やかな屋台の色彩とともに、人々の笑い声や足音が細かく交錯する。そこから視界が開け、Katschhof広場の静けさに出ると、アーヘン大聖堂の威容が悠然と立ち上がり、広場を行き交う人々の営みと千年を超える歴史がそっと重なり合うのを感じる。

広場のすぐ脇にあるシャルル・ルマーニュセンターは、外観は現代的でありながらも、カール大帝ゆかりの街の知の系譜を静かに抱えている。扉をくぐる前に立ち止まると、外の喧騒は遠ざかり、歴史と学問の気配が空気にしっとりと混ざり込むようだ。歩を進めるたびに、目に映る街の光景と、長い時を経た知の記憶とが、ゆっくりと重なり合っていく。

博物館内部(筆者撮影)

『センター・シャルルルマーニュ ー アーヘン新市立博物館』は地下階が常設展示になっており、地上階から上が、特別展示会の会場となっている。常設展示の方は、3本の通路が三角形の形に組み合わされている形で、800㎡の広さがある。新石器時代から現代までのアーヘンの歴史に関する展示物が置かれているが、フォーカスはカール大帝にまつわる神話と歴史である。

『温泉を発見したローマ人』(筆者撮影)

『温泉を発見したローマ人』。アルベルト・バウル(Albert Baur)作、デュッセルドルフ、1898年。この油絵は、アーヘンにおける創設神話のひとつのバリエーションと考えられる。グラヌス・セレヌス(Granus Serenus)というローマ軍の司令官による温泉の発見を著している。このモチーフは、1902年にアーヘン市庁舎の階段の壁に掛ける絵として作成された。

カール大帝像 (筆者撮影)

スイス、ミュスタイア(Müstair)のベネディクト会修道院、聖ヨハン教会、12世紀作のレプリカ。カール大帝はミュスタイアの聖ヨハン修道院教会の創始者と考えられている。カール大帝の初期の頃の記念碑的な彫像である。頭と体の様式の違いにより、この彫刻が9世紀から12世紀にかけて作成されたと考えられる。

中央の鍵を持つ聖人は、左側に書かれた文字が示すとおりペトルである。二人の小さな人物が跪いている。左が教皇レオ3世、右がカール大帝である。頭の周りに見える正方形のシンボルは、2人がまだ存命中であることを示している。2人はそれぞれが聖ペトルから何かを受け取っている。教皇レオ3世は、パリウム(儀式用のストール)を得て、カール大帝はは世俗権力の象徴として、ローマ市の旗を受け取っている。このアイテムはそれぞれの役割分担が明確に示されている。ペトルの足元にある箱には、二人への祝福の言葉がラテン語で書かれてあり、レオ3世には永遠の命、カールには勝利が祈念されている。このモザイク画は、800年のラテラノ(Laterano)におけるカール大帝の皇帝戴冠式の直前に作られたとされる。

ランゴバルド王の王冠(筆者撮影)

ランゴバルド王の鉄の王冠。イタリア北部、5世紀から9世紀の作品。モンツァ大聖堂(Dom in Monza)にあるオリジナルのレプリカ作品。773年から74年にかけて、カール大帝は北部イタリアのランゴバルト王国を征服した。パヴィアにおいて、カール大帝はランゴバルト王国の王に戴冠し、それ以降、「フランケンとランゴバルトの王」を名乗っている。伝わるところによると、カールはこの鉄の王冠により戴冠された。

カール大帝のお守り(筆者撮影)

カール大帝のお守りのレプリカ。銀、金、宝石、真珠による宝飾。この有名なカール大帝のお守りは、アーヘンで完成させられたと伝えられる。これはフランク王国の王の墓から発掘されたと言われる。もともと聖遺物には、マリアの髪が含まれており、後にキリストの十字架のかけらが入れられた。1804年、アーヘン司教ベルドレ(Berdolet)は、フランス皇妃ジョセフィーヌにこのお守りを寄贈している。1919年以降、オリジナルはランス大聖堂(Reims)に所蔵されている。

聖レオパルドゥスと聖コロナの棺(筆者撮影)

聖レオパルドゥスと聖コロナの棺。アーヘン大聖堂宝物庫からの貸与。オットー3世は、教会、修道院、そして聖遺物を通して、アーヘンを強化するつもりであった。997年、殉教者である聖レオパルドゥスと聖コロナの遺骨がイタリアからアーヘンへと持ち込まれ、新しい棺に納められ、マリエン教会(Marienkirche)に収めた。

剣を携えたカール大帝像(筆者撮影)

剣を携えたカール大帝像。木製、作者不明、18世紀の作品。反宗教改革の影響下において、アーヘンでのカール大帝のイメージも変化を迎えた。真の信仰の戦士、そして町の守護聖人としてのイメージが強調されている。

鎧を身に着けたカール大帝(筆者撮影)

鎧を身に着けたカール大帝。木製、作者不明、17世紀の作品。

マリア像(筆者撮影)

天界の女王としてのマリア像、1726年の作、作者不明。

ナポレオンの帝国時計(筆者撮影)

フランス皇帝ナポレオンの帝国時計。1804年以前のフランスの作。イェッカー家(Familie Jecker)からの貸与。アーヘンは、フランス統治時代に大きな経済成長を経験している。1804年9月、ナポレオンはローレンツ・イェッカー(Laurenz Jecker)の針工場を訪れた後、この帝国時計を寄贈している。イェッカーが工場における針の生産量を1日あたり約100万本に増やし、工場で働く子供たちの為に学校の授業を提供したことに対する賞賛として、ナポレオンはこの時計を贈ったとされる。

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比較的新しい博物館でありながら、扉の向こうに広がる開放的な展示空間には、単なる展示室の枠を超えた時間が横たわっていた。カール大帝の理想、帝国の知と文化の芽吹き、そして後世に受け継がれた学問の精神――それらが静かに呼吸しながら、訪れる者の思考をひそやかに揺さぶる。シャルル・ルマーニュセンターは、歴史の断片を並べるのではなく、時代を通して流れる知の脈を感じさせる、静かな知の庭なのだ。

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