トリーアの怪物バジリスク

トリ―ア

トリーアのノイ通り(Neustraße)は、ローマ時代のテルメなどがあるトリーア歴史地区の中心にあ、南北を結ぶ全長400メートルほどの通りだ。現在では多くの店が立ち並ぶショッピング通りとなっている。この辺りは、ローマ時代には、フォーラムが建設されていたエリアだった。この広場は西暦1世紀に建てられ、コンスタンティヌス1世(Kaiser Konstantins)の治世下に、長さ100メートル、幅21メートルの広場に拡大された。ローマ時代の終わりには、広場は荒廃したことから、ここに新しい通りが作られ、ラテン語で「新しい通り」を意味する《ノヴァ・プラテア》と名付けられた。

今日のノイ通り(Source:wkipedia.de)

中世の市壁の建設が始まったころに、住宅用の塔が建てられ、ノイ通りと呼ばれるようになった。この通りの南端の城門、ノイトアー(Neutor:新門の意)と呼ばれる門が建てられていた。

この門には、伝説が残っている。中世、この門の塔には小さな部屋が併設されており、中には恐ろしい怪物が巣くっていたという。この怪物は、体はドラゴン、顔はニワトリの容姿をしており、蛇のようなしっぽをもっていたという。頭上に冠を頂いているのが特徴で、すべての蛇の中の王である印だ。

1640年のボローニャの木版画書籍に描かれた想像画(Source:wikipedia.de)

この奇妙な怪物は胃のなかに、黄金の卵をもっているとされていたが、怪物は、剣や矢、炎をもってしても倒すことができないとされていた。怪物は口から炎を吐き、見た者を石にするという話もある。ただし、倒す方法がなかったわけではなく、鏡をかざして、自分自身の姿を怪物に見せることができれば、怪物を倒すことができるとされていた。しかし、そんな危険を冒そうとするものはおらず、たまに現れた勇敢な騎士たちも、塔に入って怪物に対峙したとたん、引き返してきたという。

ここで語られている怪物は、バジリスクという伝説上の怪物だ。その起源は古代ギリシャにまで遡り、古代ローマの学者である大プリニウスが記した『博物誌(Naturalis historia)』にも、この怪物についての記載がある。また、ドイツでは、中世最大の賢女と言われたヒルデガルド・フォン・ビンゲン(Hildegard von Bingen)も、その著書で、バジリスクに言及している。

見たものを石にする、もしくは鏡で自身の姿を見せるといったモチーフは、髪の代わりに頭にヘビを育てたゴルゴン・メデューサについての伝説にもみられる。また、翼の生えたバジリスクは、コカトリス(Cockatrice)と呼ばれ、こちらも中世の怪物のイメージとして頻繁に描かれている。その醜悪な外観からわかるように、悪魔や反キリストと結びつけられ、教会の洗礼盤などに描かれることが多かった。また15世紀末に梅毒が流行したときには、バジリスク毒と呼ばれた。

この伝説上の怪物に関する逸話は、ヨーロッパ各地に残っており、様々な都市にこの怪物をモチーフとした銅像などが建てられている。スイスのバーゼルにもこの怪物にかんする伝説が残っており、この町では、1448年にはすでにバジリスクの銅像が誕生し、一時期は硬貨の意匠にも使われたという。バーゼルの他にも、ウィーン、ワルシャワ、アーヘン、ミュンヘン、メミンゲン(Memmingen)、プォルツハイム(Pforzheim)にも、バジリスクの伝説が残っているという。バジリスクというキャラクターは、ハリーポッターにも登場している。

バジリスクというのは、南米では、主にグリーンバシリスク(Basiliscus plumifrons)など、トカゲ・イグアナに命名されている。体はへびに類似しており、頭は鶏のようにトサカが付いている。また、バシリスク視線(Basiliskenblick)と呼ばれているように、グリーンバシリスクなどは視線が動かずに固定されていることから、相手を石にするという伝説とも一致し、伝説の怪物から名前を付けられたようだ。

グリーンバシリスク (Source:wikipedia.de)

いずれにせよ、バジリスクに関する伝説は中世の人々の想像力を大いに書き立てたわけだが、この怪物がどうしてトリーアと結びつけられたのかについては定説はない。中世以降伝わったとされるバジリスクの伝承は、トリーアで長く伝えられ、この怪物の姿はレリーフとして、1817年までノイトアーの塔の一つに掲げられたのだった。

参考:

“Sagen und Legenden des Mittelalters”, P113-114, Horst-Dieter Radke, Regionalia Verlag

geo.de, “Fabelwesen:Der Basilisk: Tödliche Schlange mit Hühnerkopf”, Jens Wiesner, https://www.geo.de/geolino/natur-und-umwelt/6084-rtkl-fabelwesen-der-basilisk-toedliche-schlange-mit-huehnerkopf

bibelwissenschaft.de, “Basilisk”, Kathrin Liess, 2009, https://www.bibelwissenschaft.de/wibilex/das-bibellexikon/lexikon/sachwort/anzeigen/details/basilisk/ch/77333086cf9d1b2d9adb684e314f5c87/

stadt-wien.at, “Der rätselhafte Basilisk”, Mario Rank, 31. Oktober 2021, https://www.stadt-wien.at/lifestyle/mystery/der-raetselhafte-basilisk.html

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