中世最大の賢女

リューデスハイム

リューデスハイム近郊の聖ヒルデガルド修道院には、毎年15万人もの観光客が訪れる。この修道院は20世紀に建てられたもので、中世に存在した ルペルツベルク修道院とアイビンゲン修道院の後継として建てられたものだ。1165年にこれらの修道院を運営したのが、中世最大の才女と言われた ヒルデガルト・フォン・ビンゲン(Hildegard von Bingen)である。

ヒルデガルト・フォン・ビンゲンは、中世ヨーロッパにおける最も優れた才女であり、男性が支配する世界において指導的立場にあった。彼女は医者、詩人、聖職者、そして預言者であった。

1156年、神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世は、人生で二度目の結婚式を行う為に、ヴュルツブルクにいた。結婚の相手は、ブルゴーニュ伯爵家の唯一の継承者であったベアトリス・ド・ブルゴーニュ、ドイツ名ベアトリクス・フォン・ブルグント(Beatrix von Burgund)であった。この結婚により、ブルゴーニュ伯領はその後ホーエンシュタウフェン家領となり、神聖ローマ皇帝バルバロッサにとっても重要な式典であった。結婚式の前日、バルバロッサは、預言者としても有名であった ヒルデガルト・フォン・ビンゲンに会い、助言を求めている。その折に、ヒルデガルドは皇帝に対して、「水のあるところには気を付けてください。」と告げている。1189年、第3回十字軍遠征へと出征したフリードリッヒ1世が、その翌年に小アジアのキリキアを流れるサレフ河で溺れて死亡するという結末に至るのは周知の事実である。皇帝フリードリッヒでさえも助言を求めた聖女ヒルデガルドとはいかなる人物であったのか?

ヒルデガルト・フォン・ビンゲンは1098年頃にアルツァイ近郊のベルマースハイムで生まれた。中世後期までは亡くなった日だけを記録するのが通例だったため、正確な生誕の日付は不明である。ヒルデガルトは高貴な家族の10番目の子供として生まれた。幼い頃、彼女は精神教育のためにユッタ・フォン・スパンハイム(Jutta von Spanheim)という人物に師事した。ユッタはヒルデガルトに大きな影響を与え、ヒルデガルトが当時のベネディクト会派の中でも特に保守的で戒律を厳格に守ったのは、彼女の影響であったと思われる。彼女の教育にはザンクト・ディジボード男子修道院の修道士フォルマール(Volmar)が加わり、彼の助力得て、ユッタは敷地内に女子修道院を設立した。

恩師ユッタの死後、ヒルデガルトは1136年に女性修道院の選挙を通じて、院長職を引き継いだ。彼女の名声によって各地から修道女が集まり手狭になったため、1150年にビンゲン近郊のルペルツベルク(Rupertsberg)に新しい女子修道院を建設している。この修道院は、その壮大な構造と先進的な水道設備を備えた衛生的にも優れた建築物であった。ヒルデガルトはこの修道院をうまく運営したので、たびたび他の修道院の羨望を呼び、噂や恨みと戦わなければならなかった。ヒルデガルトの自信に満ちた態度も、彼女を一層有名にしたのだった。

最終的に、この修道院は三十年戦争中の1632年にスウェーデン人によって破壊された。彼女は、マインツの宮廷でフリードリヒ・バルバロッサ皇帝から勅令を受け、1165年、ヒルデガルトは現在のアイビンゲンに聖ヒルデガルディス修道院(Sankt Hildegardis-Abtei zu Eibingen)を設立した。

1141年、ヒルデガルトは幼い頃から体験し続けた神秘的な体験をラテン語で書き留め、《『道を知れ』Scivias》という著作を完成させた。ヒルデガルトの視覚的なイメージへの才能は幼い頃から存在しており、教皇エウゲニウス3世(Eugen III.)によっても認められている。

ヒルデガルトフォンビンゲンはまた、彼女の薬草についての知識にも精通しており、医学の著述も行っている。ヒルデガルトの作品である《Causae et curae》は、さまざまな病気の発症と治療を扱っている。彼女は、当時の伝統医学とハーブの知識を組み合わせて、新しい民間療法を生み出した。彼女の薬草の知識は、女子修道院長の生活にも大きな役割を果たした。彼女は薬草やスパイスを小麦と一緒に練り込み、天日で干してパンを作った。こういったパンは、病人の食べ物として提供された。

1167年から70年は病床に臥すが、70年からは高齢であったにもかかわらず、再びドイツ王国各地へ説教の旅へと出かけている。1179年9月17日、ヒルデガルトは82歳で亡くなっている。15世紀初めに、ヒルデガルト・フォン・ビンゲンは聖人として列聖されている。

参考:

welt.de, “Sie kämpfte im Mittelalter für Gleichberechtigung”, Gernot Facius, 23.09.2009, https://www.welt.de/kultur/article4594931/Sie-kaempfte-im-Mittelalter-fuer-Gleichberechtigung.html

we-love-nature.de, “Hildegard von Bingen – mehr als Dinkel und Kräuter”, 06.12.2013, https://www.we-love-nature.de/entdecker-und-pioniere/hildegard-von-bingen-mehr-als-dinkel-und-kraeuter/

regionalgeschichte.net, “Hildegard von Bingen”, Nathalie Rau, 03.07.2013, https://www.regionalgeschichte.net/bibliothek/biographien/hildegard-von-bingen.html

planet-wissen.de, “Hildegard von Bingen”, Petra Haubner, https://www.planet-wissen.de/gesellschaft/medizin/klostermedizin/hildegard-von-bingen-100.html

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