ドイツで最も有名なクリスマスキャロル

ハレ

ハレにある大学は、正式名称を《マルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルク》という。この大学は、ハレ大学とヴィッテンベルク大学が合併して設立された。プロテスタントの改革者でヴィッテンベルクで教鞭をとっていたマルティン・ルターに因んで名付けられる。ヴィッテンベルク大学は1502年、ザクセン選帝侯フリードリヒ3世が設立、ハレ大学は1694年、ブランデンブルク選帝侯フリードリヒ3世(初代プロイセン王フリードリヒ1世)により設立された。このハレ大学で神学を学んだ卒業生に、アウグスト・ザーナック(August Zarnack)がいる。

アウグストは、ドイツではクリスマスの定番曲となっている《おお、タンネンバウム》を作詞した人物だ。この曲は日本でも《もみの木》として有名であり、英語圏では「O Christmas Tree」として知られている。この曲はキリスト教的ではないクリスマスの曲として、すでに200年ほどの歴史があり、現在でもドイツではクリスマスのころに歌われるのである。歌詞は次のようなものだ。

O Tannenbaum 🎄 [German Christmas song][+English translation]

O Tannenbaum, o Tannenbaum,
Wie treu sind deine Blätter!
Du grünst nicht nur zur Sommerzeit,
Nein auch im Winter, wenn es schneit.
O Tannenbaum, o Tannenbaum,
Wie treu sind deine Blätter!

ああ、もみの木よ、ああ、もみの木よ                            

きみの葉のなんと忠実なことか。                              

きみの葉は夏に緑になるだけでなく、                            

いや、雪の降る冬でさえも                                 

ああ、もみの木よ、ああ、もみの木よ                            

きみの葉のなんと忠実なことか。

しかし、ドイツで最も有名なこのクリスマスキャロルは、実は失恋に端を発している。 アウグスト・ザーナック が作曲した曲の1番目は、上の歌詞と同じ内容だが、2番目の曲の歌詞は次のようなものだ。

O Mägdelein, o Mägdelein,
Wie falsch ist dein Gemüte!
Du schwurst mir Treu in meinem Glück,
Nun arm ich bin, gehst du zurück.
O Mägdelein, o Mägdelein,
Wie falsch ist dein Gemüte!

ああ、少女よ、ああ、少女よ。                               

きみのなんと間違ったことか                                

幸福のなかで、わたしの幸せに誠実を誓ったのに                     

今やわたしは孤独だ、きみは去ってしまった                          

ああ、少女よ、ああ、少女よ。                               

きみのなんと間違ったことか 

アウグスト・ザルナックがこの曲を作ったとき、かなりの傷心を負っていたのだろう。 1820年に「もみの木、もみの木、きみの葉はどれほど誠実か」というタイトルで書かれたアウグストの歌は、愛した女性に対する恨み節のようにも聞こえる。この曲の中でアウグストは、常緑樹を永続の代名詞として讃える替わりに、女性の移り気や薄情さをそれに対比して歌っている。この失恋歌が、ライプツィヒの教師エルンスト・アンシュッツ(Ernst Anschütz)が、小さな子供でも自信を持って歌えるバージョンを書いたのは、創作からわずか4年後のことだった。

エルンスト・アンシュッツ (Source:thueringen-lese.de)

1824年、ライプツィヒのゲオルゲン教会(Georgen Kirche)の聖歌隊の指導者であったアンシュッツはクリスマスのお祝いの準備をしていた。彼は子供の心をもった人物で、子供にも親しみやすいように書き直すことのできる古い歌を探していたのだった。そして、彼はザルナックによる悲しいラブソングを発見したのだった。アンシュッツ は失恋の部分をもみの木のみについて言及した作品に作り変え、クリスマスに子供たちが一緒に歌えるような内容に生まれ変わらせたのだ。その時から、この曲はクリスマスの曲となったが、ドイツで人気を得るようになったのは第二次世界大戦の後だった。

ライプツィヒのゲオルゲン教会

《もみの木》は、ドイツ系のチャールズ・A・エラーブロック(Charles W. A. Ellerbrock)が、南北戦争の初めに書かれた詩である「メリーランド、マイ メリーランド(Maryland、My Maryland)」をアレンジしたことでアメリカでも広まった。 1939年以来、州の歌となっている。イギリスにも、クリスマスとは関係のないバージョンが存在している。それは、国際労働運動による抗議曲「レッドフラッグ(The Red Flag)」である。 1945年以来、この曲は英国労働党の非公式の党歌になっている。労働党は現在でもこの歌で党大会を開始している。

参考:

deutsche-biographie.de, “Zarnack, Joachim August Christian”, F. Jonas, https://www.deutsche-biographie.de/sfz86433.html?language=de

dw.com, “Die Geschichte eines Weihnachtslieds”, 12.12.2014, Marita Berg; Suzanne Cords, https://www.dw.com/de/die-geschichte-eines-weihnachtslieds/a-18121005

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