レグニッツ川の穏やかな流れに抱かれ、七つの丘に壮麗な教会がそびえ立つ「バイエルンの真珠」バンベルク。
千年の歴史を刻む石畳を歩けば、バロック様式の優美な街並みが訪れる者を中世の夢へと誘う。
しかし、町の中心部に佇むガイヤースベルト城(Schloss Geyerswörth)の傍ら、ひっそりと捧げられた記念碑の前に立つとき、街を包む空気は一変して凍り付く。
そこには、美しき古都がかつて地獄へと変貌した、人類史に刻まれるべき暗黒の記憶が封じ込められているのだ。
17世紀、この信仰の都は「魔女狩り」という狂気の中枢であった。
1612年から1631年のわずか20年足らずの間に、1,000人を超える男、女、そして罪なき子供までもが、悪魔の刻印を探すための無慈悲な拷問にかけられ、業火の中に消えていったのである。
1600年頃、バンベルク司教領はアルプスにまでその勢力を広げ、15万の民を擁する大領地であった。
だが、1590年代に最初の「魔女」が処刑されると、静かな信仰の街に疑心暗鬼の種が蒔かれた。
折しも襲った「夏のない年」——5月の夜の霜が作物を焼き、飢饉が民を襲う。自然の猛威を前にした人々の不安は、瞬く間に目に見えぬ「闇の勢力」への集団ヒステリーへと変貌していった。
1628年、飢えと寒さに震える街で、絶望を焼き尽くすための薪は、かつてない頻度で赤々と燃え上がったのである。
この狂気を体系的な「聖戦」へと昇華させたのが、司教ヨハン・ゲオルク2世フックス・フォン・ドルンハイムであった。彼は冷徹な司教補佐フリードリヒ・フォルネル(Friedrich Förner)という狂信的な右腕を従え、魔女殲滅という名の粛清を開始する。
裁判を迅速に進めるため、評議会や弁護士は刷新され、魔女裁判を批判した司教会の重鎮ゲオルク・ハーン(Georg Haan)や、信望厚き市長ヨハネス・ジュニウス(Johannes Junius)までもが、身内や権力者という壁を越えて魔術師の汚名を着せられ、拷問の果てに火刑台へと送られた。
狩る者たちに罪悪感はなかった。
彼らは本気で信じていたのだ。自分たちは悪魔と同盟を結んだ闇の軍勢から世界を救う「神の戦士」であると…
その信念の前では、弁護の権利など存在せず、自白を強要するための無制限の拷問さえも「正しい手段」として正当化された。
1627年、バンベルクには魔女専用の監獄《マレフィズハウス》(Malefizhaus)が建設される。さらに、より効率的に、より安価に死を量産するため、薪を節約できる火葬場までもが設営された。それは、神の名を借りた凄惨な殺人工場であった。
1630年5月、悲劇の象徴となる事件が起きる。
ニュルンベルクの貴族ドロテア・フロック(Dorothea Flock)が捕らえられた際、ウィーンの帝国裁判所や教皇からの保護命令が届いたにもかかわらず、司教ドルンハイムはそれを無視し、確信犯的に彼女を処刑した。
町内の紛争や商売敵への怨恨が「密告」という名の武器となり、有罪判決による財産没収が教会の懐を潤す。魔女狩りはいつしか、信仰の形をした巨大な経済システムへと変貌を遂げていた。
しかし、ドロテア・フロックの死は、ついに帝国を動かすターニングポイントとなった。
レーゲンスブルクの選帝侯会議でバンベルクの惨状が糾弾され、皇帝フェルディナント2世による親裁が開始される。帝国司法局は、恣意的な拷問や手続きの過失を次々と暴き出し、司教による財産没収を厳禁した。
経済的動機を断たれた魔女裁判は、その勢いを失い、崩壊へと向かう。
1632年、三十年戦争の戦火の中でスウェーデン軍がバンベルクに入城したとき、この悪夢にようやく終止符が打たれた。
狂気を先導した司教ドルンハイムはオーストリアへと逃亡し、翌年、失意のうちに脳卒中で世を去った。
かつて叫び声が響いた尋問の館は、迫害の終焉とともに地上から消し去られた。
しかし、バンベルク州立図書館に眠る尋問記録や震える手で書かれた手紙の数々は、今もなお、沈黙の中で何かを叫び続けている。
夕暮れのバンベルク。大聖堂の鐘が鳴り響くとき、記念碑の影は長く伸び、かつて業火に焼かれた人々の無念を弔うかのように街を包み込む。
暗黒の時代を乗り越え、現代の美しさを取り戻したこの街は、その輝きが深ければ深いほど、かつて犯した過ちの深さをも忘れてはならないと、私たちに静かに語りかけてくる。
かつての火刑場の跡には今、穏やかな日常が流れている。
しかし、風が強く吹く夜、ガイヤースベルト城の近くを通れば、木の葉が触れ合う音が、誰かの祈りの声に聞こえるかもしれない。
バンベルクの歴史は、この光と影のコントラストを抱いたまま、これからも清らかなレグニッツ川とともに流れ続けていくのである。
参考:
br.de, “Unschuldig muss ich sterben”, 18.01.2016, Volker Eklkofer, https://www.br.de/radio/bayern2/sendungen/radiowissen/geschichte/bamberger-hexenprozess-inquisition-100.html
nordbayern.de, “Ein “Brandmal” erinnert an Bamberger Hexenverfolgung”, Elena Rauschert, 19.8.2015, https://www.nordbayern.de/region/bamberg/ein-brandmal-erinnert-an-bamberger-hexenverfolgung-1.4595395
welt.de, “Ein Denkmal dort, wo früher „Hexen“ brannten”, 08.11.2013, https://www.welt.de/regionales/muenchen/article121691012/Ein-Denkmal-dort-wo-frueher-Hexen-brannten.html



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