コンラートとハインリッヒ |ザリエル朝のふたりの皇帝

シュパイヤー

ライン川のゆったりとした流れに沿って古都シュパイヤーへ入れば、街の至るところからその圧倒的な威容を望むことができる。

《カイザードーム》の名で畏怖される大聖堂。赤砂岩の重厚な壁面は、夕刻の光を浴びるとまるで燃え上がるような紅に染まり、かつて欧州の頂点に君臨したザリエル朝の皇帝たちの野望と、その苛烈なまでの権威を今に伝えている。

大聖堂の内部へ足を踏み入れると、高い天井が作り出す広大な空間に、ただ己の足音だけが響く。

地下のクリプト(墓所)へ続く階段を下りれば、そこには地上の喧騒から隔絶された冷徹な静寂が横たわっている。

石造りの棺の中に眠る者たち。彼らが築き上げたのは、単なる帝国ではなく、神の名において地上のすべてを平伏させるという、あまりに巨大で孤独な理想郷であった。

シュパイヤーの大聖堂に眠る歴代皇帝の中でも、建設者コンラート2世とその跡を継いだハインリヒ3世の二人は、帝国における皇帝権力の最盛期を現出した双璧である。

10世紀、ヴォルムス(Worms)とカールスルーエ(Karlsruhe)間のライン河畔から、ラインガウ(Rheingau)とクライヒガウ(Kraichgau)にまたがる両岸にかけて、彼らザリエル家は機能的で強固な貴族支配の基盤を築き上げた。

ザクセン朝の断絶後、一族の創設者コンラート赤王(Konrad der Rote)の曾孫にあたるコンラート2世は、1024年、マインツにて24歳の若さで王へと選出された。

戴冠を終えた若き王は、中世の支配者の慣習に従い、馬に跨り帝国巡行を開始する。

宮廷の僧侶や戦士、そして賢明な妻ギゼラ(Gisela)を伴い、彼はまずカール大帝の聖地アーヘンを目指した。

大帝の伝統を継承する意志を明確にするため、彼はパラティン礼拝堂の伝説的な王座に腰を下ろし、帝国全土にその支配を宣告したのである。

10か月に及ぶ巡行を経て、承認を確固たるものとしたコンラートは、自身の拠点シュパイヤーへと戻った。

そこで彼は、キリスト教世界で最大級となる大聖堂の建立を命じる。それは一族の永遠の安息所となるはずであったが、彼が生前に目にすることができたのは、暗く冷たい地下室のみであった。

コンラートの治世は武力と栄光に彩られていた。

イタリア遠征では抵抗勢力を力でねじ伏せ、1027年3月、ローマにてドイツ統治者が到達しうる最高の栄誉である皇帝戴冠を果たす。

さらにブルゴーニュ王の不慮の死に乗じてその王冠をも手中に収め、帝国の版図を拡大させた。

自身を地上における「キリストの代理人」と任じ、帝国の統合に生涯を捧げた彼は、1039年、ユトレヒトにて痛風により急逝。その遺体は、彼が愛したシュパイヤーの地下室へと静かに安置された。

父の跡を継いだハインリヒ3世は、さらに神権的な色彩を強めた統治を行う。

彼は自身をキリストそのものと同一視し、絶対的な命令によって地上に平和をもたらすと信じて疑わなかった。

しかし、その権威主義的な姿勢は南ドイツ諸侯の激しい抵抗を呼び、レーゲンスブルク司教ヴェルフ3世(Welf III)らによる暗殺計画まで持ち上がった。

ハインリヒ3世の思想において、教皇は二次的な役割に過ぎなかった。

スートリ教会会議(Synode von Sutri)において、彼は現職の教皇を退位させ、自らが推すバンベルク司教スイジャー(Suidger)をクレメンス2世として即位させるという暴挙に近い介入を行う。

そして新教皇の手から、妻アグネスと共に帝冠を授かったのである。

しかし、武力による絶え間ない紛争の中で心身を削った彼は、39歳の若さでハルツ山地のボドフェルド王宮(Königspfalz Bodfeld)にてその命を燃やし尽くした。

ザリエル朝の二代にわたる治世で、皇帝権力はかつてない高みに達した。

だが、そのあまりに強大な力の誕生は、帝国内の諸侯やローマ教皇にとっての脅威となり、次代ハインリヒ4世の時代に、歴史を揺るがす叙任権闘争へと発展していく。

皮肉にも、ハインリヒ3世が追放した教皇に付き添っていた修道僧ヒルデブラントこそが、後のグレゴリウス7世となり、ザリエル朝を「カノッサの屈辱」という未曾有の悲劇へと引きずり込むのである…

大聖堂を後にし、ライン川の堤防に立てば、川面を渡る風が歴史の激動を洗い流すかのように穏やかに吹き抜ける。

かつて神の代理人を自処し、欧州をその手中に収めようとした皇帝たちの夢は、今はただ巨大な石造りの伽藍の中に封じ込められている。

街に響く晩鐘の音は、栄華の果てに訪れる静寂を慈しむかのように、シュパイヤーの夕闇に溶けていく。

悠久の時を経てなお、この大聖堂が放つ威厳が衰えることはない。それは、権力というものの虚しさと、それでもなお高く理想を掲げた人間の意志の強さを、同時に証明しているかのようだ。

ラインの水の流れが止まらないように、皇帝たちが眠るこの場所から始まった物語もまた、形を変えながら私たちの歴史の底流に流れ続けているのである。

参考:

planet-wissen.de, “Salier”, Sabine Kaufmann, 14.04.2020, https://www.planet-wissen.de/geschichte/mittelalter/die_salier/index.html

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