デュッセルドルフ

メディチ家の花嫁

イタリアはフィレンツェのアルノ川沿いにウフィツィ美術館が建っている。いつも大勢の訪問者が行列をなしているが、入館の番が回ってきて、館内に一歩踏み入れると、頭上に一人の貴婦人の肖像画が目に留まる。美術館で最初に目にする肖像画だ。 アン...
ツェレ

孤独な王妃と野心家の医師

ツェレにある聖マリエン教会。ここにはデンマーク女王キャロライン・マティルデが眠っている。彼女はデンマーク兼ノルウェー王であるクリスティアン7世にわずか15歳で嫁いだ。宮廷で退屈な生活を送っていた彼女は、夫の主治医であるストゥルエンゼーに惹かれるようになるが・・・野心家の医師に恋した彼女の運命は?
ウルム

世界一の高さを誇る教会

世界で一番高い宗教建築と言われるウルム大聖堂。その高さは、ケルン大聖堂や、バチカンのサンピエトロ寺院、パリのノートルダムをも凌駕する。第二次世界大戦の被害も奇跡的に免れたが、「世界一高い」という称号は間もなく手放すこととなる・・・
アルツェナウ

妻に救われた騎士

ハーナウ近郊に《アルツェナウ》という町がある。行政区分上はアシャッフェンブルク市に属し、ハーナウのあるヘッセン州ではなく、バイエルン州に属するのだが、アシャッフェンブルクからよりも、ハーナウからのほうがアクセスが良く、クルマでも2...
ケルン

悪魔と契約した男

多くの観光客が訪れるケルン大聖堂。カトリック教会としては世界で最も高い大聖堂である。700年以上も前にこの大聖堂の建設を始めたゲアハルト・フォン・ライルには、悪魔と契約したという伝承が残っている。
ニュルンベルク

願いが叶う〈黄金の輪〉

フラウエン教会前にある広場でその存在感を示しているのが、美しの泉と呼ばれる《シェーナー・ブルンネン》(Schöner Brunnen)だ。この4段構造の噴水は高さが19メートルあり、40体もの彫像が噴水の周りを飾っている。 美しの泉...
マグデブルグ

マグデブルクの慈悲深い王妃

マグデブルク大聖堂に眠る王妃エドギダ。初代神聖ローマ皇帝オットー1世の最初の妻であったエドギダは、哀れみの心に溢れ、慈善活動を好んで行い、教会、修道院なども数多く建設した。オットー大帝からも心から愛された王妃エドギダの人柄をエピソードとともに紹介。
マールブルク

聖エリザベートとバラの奇跡

マールブルクに建つ聖エリザベート教会。聖エリザベートはその高貴な出にも関わらず貧しい人々に尽くし、死後列聖された。彼女には《バラの奇跡》と呼ばれる伝説が伝わる。何不自由ない生活を送っていた彼女がたどった数奇な運命とは?
デュッセルドルフ

デュッセルドルフの舞踏会

デュッセルドルフで貴族だけを招いて開かれた公爵主催の仮面舞踏会。豪華な衣装に身を包んだ貴族たちの中でもひと際注目を集めるひとりの男。公爵夫人はこの優雅な黒づくめの男とダンスを楽しむが・・・謎に満ちたこの男の正体とは?ベルゲンのシェルメン家創設にまつわる伝説。
トリ―ア

ダイヤの結婚指輪を贈るようになったわけ

15世紀トリーア。この町で、「最後の騎士」と呼ばれた神聖ローマ皇帝マキシミリアン1世と、ブルゴーニュ公国の相続人マリアが出会った。ふたりの出会いは互いの親が取り持ったものだったが、ヨーロッパの権力闘争により、その後の二人の人生は再び交わっていく。
ヴォルムス

《叙任権闘争》の妥協点

世界史の教科書で最初にヴォルムスの名前が出てくるのは、《ヴォルムス協約》( Wormser Konkordat)ではないだろうか。12世紀にローマ教皇と神聖ローマ皇帝の間で結ばれた協約のことだが、ことの発端は10世紀に遡る。 962...
インゲルハイム

カール大帝とインゲルハイムの赤ワイン

カール大帝の宮廷があった町、インゲルハイム。息子のルートヴィッヒ1世も頻繁に訪れたこの町は当時から赤ワインの生産で有名であった。白ワインで有名なドイツで赤ワインの生産・・・そこにはカール大帝のワインに対するこだわりが込められていた。ゲーテも訪れたインゲルハイムとワインのお話。
ドイツ周辺地域

世界を変えた結婚

マクシミリアン1世は1495年に息子と娘をスペインの王子と王女と結婚させた。様々なリスクを伴う政略結婚であったが、後に19歳の青年は世界帝国を継承したのだった。 1495年11月5日、オランダのメッヘレン(Mechelen)にある宮...
ディンケルスビュール

ディンケルスビュール歴史館

現在のディンケルスビュール歴史館(Dinkelsbühl Haus der Geschichite)の建物は、もともと旧市庁舎であった。1550年から旧市庁舎として使用されていたが、1855年に議会はバロック様式の新市庁舎へと移転。旧市庁...
ニュルンベルク

中世から続くクリスマスのお菓子

ドイツでクリスマスシーズンに好んで食べられるレープクーヘン。12世紀にはじまるこのお菓子の起源と、日本でも人気のシュトーレンやバウムクーヘン、そしてハンガリーが起源のキュルテシュコラーチュなども紹介。
バート・フランケンハウゼン

眠れる伝説の皇帝

バート・フランケンハウゼン(Bad Frankenhausen)は、キフフォイザー山地の南に位置する人口一万人ほどの小さな町だ。この町から20キロほど北に上がったところに、カイザーヴィルヘルム国定公園がある。1871年にドイツ帝国が統一さ...
ケルン

カール大帝と無欲な司教

ケルンは大聖堂だけが見どころだと思っている人が多いが、大聖堂以外にもケルンには教会が多い。とりわけ規模の大きなロマネスク様式の教会が12ケ所もある。聖ジェレオン教会はそのうちのひとつだ。ケルン大聖堂から西に向かって徒歩15分の距離にある。...
ミュンヘン

ヴィッテルスバッハ家の皇帝 ルートヴィッヒ4世

ミュンヘンにあるルートヴィッヒ4世の像。ミュールドルフの戦いで対立王に対して勝利したルートヴィッヒ4世は皇帝権を強め、敵方に与した者は兄でも追放した。教皇との対立さえ辞さず、皇帝権力、ヴィッテルスバッハ家の権力拡大に全力を尽くしたルートヴィッヒ4世であったが、その強引な統治は次第に周囲の反発を生んでいく。
リンブルク

世紀の大泥棒 シンダーハーネス

リンブルクに出没したドイツ版ロビンフッド《シンダーハーネス》。この男の正体は弱者の味方か、残虐な強盗か?強欲な貴族や高利貸しから金を奪ったかと思うと、貧しい人々にも分け与えた。その驚きの理由とは?
アーヘン

アーヘンの悪魔

アーヘンのランドマークであるアーヘン大聖堂。聖母マリアを守護聖人としているため、聖マリア教会とも呼ばれる。8世紀の終わり頃、カール大帝はこの大聖堂の中央と西側の建物を自身の宮殿の複合施設の中核として建設したのだった。礎石は795年頃に置か...
ヴォルムス

聖マルティン伝説

【聖マルティン教会】 オーバーマルクトまで戻り、マルティンス・ガッセ(Martins Gasse)を進むと、聖マルティン教会(St. Martin)に出る。この教会のマルティンは、マルティン・ルターのマルティンではなく、キリスト教の...
フルダ

ドイツ人の使徒 ボニファティウス

フルダ大聖堂。この場所に埋葬されているのが、イングランドから来たベネディクト会修道士のボニファティウスだ。ゲルマンの風習が色濃く残るドイツで、キリスト教を伝道した宣教師は、現地の言葉を用いて布教を行っていく。「ドイツ人の使徒」と呼ばれるボニファティウスの物語。
ナウムブルク

ザクセン兄弟戦争

ザクセン=アンハルト州にあるナウムブルクは、ザーレ河畔にある美しい町だ。この町で1500年以上前、ある和約が結ばれた。この風光明媚な町で結ばれた和平条約は《ナウムブルクの和約》と呼ばれる。この和約は、後に《ザクセン兄弟戦争》(Sächsi...
アウグスブルク

聖アフラ教区博物館

アウグスブルク大聖堂裏にある聖アフラ教区博物館は一見の価値がある。市庁舎の前を通る目抜き通りであるマキシミリアン通り。その端に位置する為に、アウグスブルク大聖堂の裏手に位置する宝物庫は訪問客もあまり多くはない。しかし、この宝物庫には15世...
アウグスブルク

使われなかった《黄金の間》

ペルラッハ塔と市庁舎 アウグスブルク市庁舎とペルラッハ塔(筆者撮影) アウグスブルクの中心地に出ると、真っ先に目に入るのが、左右対称のルネサンス様式で建てられた市庁舎とその横に聳えるペルラッハ塔だ。 1260年頃の書物に...
ビンゲン

ネズミに喰われた司教

ビンゲンの近く、この辺りを流れるライン川は、危険な岩が多く、また流れも急であったため、昔からこの地域の航行は、非常に危険であると考えられていた。今日では危険な岩のほとんどが爆破されているが、当時は船乗りたちにとっては通行の難所であった場所...
ドレスデン

ドレスデンを創った王

今日のドレスデンの町並みを築いたのは、ザクセン選帝侯であり、ポーランド王でもあったアウグスト強王である。建築のほかにも、美術品のコレクション、磁器の生産などに情熱を注いだ王であったが、女性についてもうわさの絶えることのない人物だった。
マインツ

グーテンベルクが起こした革命

マインツのグーテンベルク博物館には、彼の偉業を讃える多くの展示物がある。彼が発展させた活版印刷術により、贖宥状(免罪符)の販売が促進され、ルターの宗教改革へとつながり、やがてドイツ語聖書の大量印刷と普及へとつながる。マインツが生んだ発明家の軌跡をたどる。
ナウムブルク

ナウムブルクのウタ

ナウムブルク大聖堂に飾られた2体の像。マイセン辺境伯エッケハルト2世とその妻、ウタ・フォン・バレンシュテッドがモデルだ。《薔薇の名前》を表したウンベルト・エーコも絶賛したウタの像は、やがてドイツ人女性の模範と言われるようになるのだが・・・ディズニーの《白雪姫》にもそのモチーフが使われたウタの像に迫る。
シュヴェーリン

バルドウィックの奇妙な挨拶

シュヴェリーンのマルクト広場には奇妙なモニュメントが建てられている。ひし形をした柱の上部には、うっすらにやけたような顔のライオンが左足を揚げ、今にも前に歩き出しそうな様子で佇んでいる。1995年、メックレンブルク創設1000年を祝すととも...
ノイス

ノイス包囲戦

現在はデュッセルドルフの一地区となっているノイスだが、15世紀にはブルゴーニュ公シャルルによって町が包囲される事態を経験している。《ノイス包囲戦》として知られるこの戦いは、小さな町であったノイスがブルゴーニュの大軍に包囲されながらも1年近...
メーアスブルク

ダゴベルト1世とドイツ最古の城

ボーデン湖(コンスタンツ湖)の湖畔に位置する小さな都市、メーアスブルク。観光業とワインの生産で有名だ。湖の対岸にはコンスタンツが位置しており、船を利用すれば30分ほどで対岸へと渡ることができる。 この町にあるメーアスブルク城のなかで...
ケルン

1074年の蜂起

ケルンは古くからカトリック教会の力が強いところであった。この時代のケルンを治めていたのは、アンノという司教であった。アンノ大司教はこの時代のほとんどの司教や大司教がそうであったように、司教領・大司教領の領主でもあった。教会の運営に留まらず...
バッハラッハ

皇帝に破壊された城

ビンゲンとバッハラッハの中間に位置するライン河畔の古城、ゾーンエック城。中部ライン地域に残る古城のなかでもひと際美しいこの城には、かつてこの地域を荒らした強盗騎士たちが巣くっていた。彼らの略奪行為に堪忍袋の緒が切れたハプスブルク家出身の神聖ローマ皇帝ルドルフ1世がついにその鉄槌を下す。
デュッセルドルフ

焼け落ちたデュッセルドルフ城

ライン川沿いに広がるデュッセルドルフ旧市街。ライン川沿いには多数のレストランが立ち並び、天気のいい日にはプロミナードで多くの人が散歩を楽しんでいる。この辺りにかつてはデュッセルドルフにも城が聳えていた。城はベルク伯爵の平城として1260年...
クヴェトリンブルク

帝国を動かした修道女

神聖ローマ皇帝オットー1世を父とし、ブルグントのアデルハイドを母として生まれたマチルデは、クヴェトリンブルク女子修道院の院長となり、帝国の支配を手伝いほどの人物だった。その一生のほとんどをクヴェトリンブルクで過ごした女性の物語。
ケルン

恋に落ちた大司教

1577年12月5日、ケルン大聖堂で新しい大司教を選ぶ選挙が行われた。候補者は2名。バイエルン公アルブレヒト5世の末息子エルンストとヴァルトブルクの司教、ゲープハルト2世である。 マクシミリアン皇帝とグレゴリウス13世は、エルンスト...
マイセン

アデルハイドと3人の皇帝

マイセン大聖堂(筆者撮影) エルベ河畔に建つマイセン大聖堂。この大聖堂は、アルブレヒト城、司教城などと共にこの町の丘に聳える建築アッセンブルのいち役を担っている。このゴシック様式の大聖堂の内部も外観に劣らず見所が多い。ニュルンベルク...
ハンブルク

バルト海の海賊

国際海洋博物館(Internationales Maritimes Museum)の近くに、とある男の像が建てられている。 この像のモデルは、クラウス・シュテルテベカー(Klaus Störtebeker)。15世紀、ハンザ同盟を敵に回し...
リンブルク

市長になった強盗騎士

リンブルクの広場に建てられた、樽を掲げた男の奇妙な銅像。この男の名は、フリードリッヒ・フォン・ハットシュタイン。高貴な生まれながら、強盗騎士に身をやどし、最後はリンブルクの市長になったのだが・・・その波乱の人生とは?
バイロイト

バイロイト城の白い女

バイロイトに建つノイエス・シュロス(Neue Schloss Bayreuth)は、以前の城が1753年の火災で居住が不可能になったため、同年建設が開始された。1758年までには、建物は概ね完成し、バイロイト公国の居住地となった。 ...
ケルン

ケルン大司教列伝 ②

アンノ大司教(Anno) アンノはシュヴァーベン出身の取るに足らない貴族の出であった。アンノはバンベルク大聖堂学校から宮廷へ、ゴスラーのプロボストからケルン大司教へという経歴を経ている。当時、ケルンの人々は、皇帝ハインリッヒ3世が、...
マグデブルグ

マグデブルクの結婚式

1631年5月20日にマクデブルクで起こったことは、三十年戦争と人類の歴史の中で最も暗い章の1つであると言われている。《マクデブルクの結婚式》として歴史に残るこの事件は、25,000人以上の命を奪ったと言われる。日本語では《マグデブルグの...
タンガーミュンデ

強盗騎士団と新任の選帝侯

ベルリンから西に120キロ。タンガーミュンデ(Tangermünde)という小さな町がある。現在ではザクセン=アンハルト州に属する、エルベ川沿いの町だ。以前はハンザ同盟に加盟していたこともある。 タンガーミュンデ 城の前にある広場には、神...
アウグスブルク

ルターも投宿した教会

歩行者天国となっているアンナ通り(Annastraße)をまっすぐに歩くと、聖アンナ教会(Kirche St. Anna)に出る。この教会は、1321年にゴシックと古典主義の折衷様式で建てられたカルメル派修道会の教会だ。カルメル派...
ニュルンベルク

ニュルンベルク最古の教会

このロマネスク様式とゴシック様式が混在するゼバルドゥス教会は、ニュルンベルクの最古の教会と言われるプロテスタントの教会だ。この教会は名前のとおり、《聖ゼバルドゥス》というカトリックの聖人に捧げられている。 聖ゼバルドゥス教会   ...
ヴュルツブルク

世界最大のフレスコ画

階段の間 世界遺産レジデンツの階段の間にあるフレスコ画は、ジョバンニ・バティスタ・ティエポロの作品で、フレスコ画としては世界最大だ。 ティエポロはルネサンス期最後の巨匠と呼ばれる西洋絵画の大家だ。浅田次郎著の『蒼穹の昴...
リューネブルク

聖ミヒャエリス教会の幽霊

リューネブルクにあるレンガ造りのゴシック様式の教会、聖ミヒャエリス教会。神聖ローマ皇帝オットー1世の側近ヒルマン・ビルングが建設した教会である。この教会には僧侶の霊がたびたび現れるという話が残る。塩の販売で大都市にのしあがったハンザ都市リューネブルク。その歴史の目撃者であるミヒャエリス教会に伝わる伝説を紹介。
ヴュルツブルク

第一回ノーベル賞を受賞した偉人

ヴィルヘルム・コンラート・レントゲン ヴュルツブルク中央駅を出てカイザー通りを右手に折れると、ヴュルツブルク出身の偉人を称えた記念館が見える。レントゲン写真(X線)を発明し、1901年に第1回ノーベル物理学賞を受賞したヴィルヘルム・...
アウグスブルク

フッガー家の置き土産

15世紀以来、一時はイタリアのメディチ家をも凌駕する大富豪であったフッガー家とは、いったい何者であったのだろう。フッガー家の出自を探ると、アウグスブルク近郊にあるグラーベン(Graben)で織物業を営んでいたヨハン・フッガー(Johann...
クレーフェ

白鳥の騎士

ノルトライン=ヴェストファーレン州デュッセルドルフの行政管轄区に、人口5万2千人のクレーヴェ(Kleve)という小さな町がある。ライン河畔の町であり、オランダとの国境までわずか10キロ程度である。 クレーベの中心地には、おも...
ハーメルン

ハーメルンの笛吹き男

ドイツ、メルヘン街道にあるヴェーザー川沿いの町《ハーメルン》。ここには「ハーメルンの笛吹き男」に関する資料を多く展示する《ハーメルン博物館》がある。700年前にハーメルンで起こった失踪事件。130人の子供たちはどこに消えたのか?
ミュンヘン

ミュールドルフの戦い

13世紀から14世紀にかけて、神聖ローマ帝国の皇帝位を巡って、ハプスブルク家、ルクセンブルク家、ヴィッテルスバッハ家の3家が激しく争っていた。1291年、ハプスブルク家の皇帝ルドルフが亡くなった後、ハプスブルク家の影響力の高まりを抑えるた...
コッヘム

800年間一度も破壊されなかった城

【エルツ城】コッヘムとコブレンツの中間に位置するエルツ城は、ドイツの人気の城を調べたランキングでは、ノイシュバンシュタイン城、ホーエンツォレルン城などと並んで、必ずトップ10 に入る人気の城だ。このエルツ川の谷から70メートルの岩山の上に...
ヴィースバーデン

富豪たちの町

ヴィースバーデンは、フランクフルトの40キロ西に位置する、ライン河畔にあるヘッセン州の首都だ。ライン川対岸にあるマインツへは、車で20分ほどで到着する。ヴィースバーデンにはドイツで最大の米軍基地があり、3000人の兵士を含む、2万人のアメ...
アウグスブルク

マリーアントワネットも立ち寄ったロココの宮殿

【シェッツラー宮殿】 アウグスブルクの目抜き通りであるマキシミリアン通りの《ヘラクレス噴水》(Herkulesbrunnen)が立つ、そのすぐそばにシェッツラー宮殿はある。今日のシェッツラー宮殿は、中世後期の古い貴族の家の跡地にあり...
ツォンス

ツォンスの《ブルーマドンナ》

デュッセルドルフからもほど近いドルマーゲン近郊の小さな町、ツォンス。ここにある赤ん坊のイエスを抱いたマリア像に不思議な現象が起こる。そこから起こる奇跡の数々。地元行政も介入せざるを得ない状況にまで発展したマリア像を巡る騒動。現在も存在する「青いマリア像」の物語。
ヴュルツブルク

愛を詠った中世の詩人

ノイミュンスター教会にはミンネゼンガー(吟遊詩人)として有名なヴァルター・フォン・デア・フォーゲルワイデの墓碑がある。ミンネ(愛)+ザング(歌)とは文字どおり愛をテーマにした歌であり、中世の騎士道精神を反映した一種の流行だった。 ミ...
ハルトナウ

貴婦人のぶどう園

ボーデン湖畔の町、ハルトナウ。南向きの斜面を持ち、高品質のワインを生み出すこの町のブドウ園は、その昔ひとりの貴族の女性が所有していた。十分な富を手にしつつも、決して幸せではなかった彼女が思いついたあるアイデアとは?コンスタンツ市も巻き込んだ貴婦人による提案。
デュッセルドルフ

デュッセルドルフ市立博物館

デュッセルドルフ市立博物館は、ライン川の近くに位置する。それほど大きくない博物館だが、デュッセルドルフの歴史がよくわかるように展示内容が考えられている。
デュッセルドルフ

ハイネが生まれた町

クリスティアン・ヨハン・ハインリヒ・ハイネ(Christian Johann Heinrich Heine)は、1797年、デュッセルドルフに生まれている。ハイネの家は、ボルカー通り(Bolker strasse)53番にある。生家が今で...
ワイマール

公爵夫人の図書館

アンナ・アマーリア(Anna Amalia)は、1739年10月24日、ブラウンシュヴァイクのプリンセスとしてヴォルフェンビュッテル城(Schloss Wolfenbüttel)で生まれた。彼女は、ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッ...
ダッハウ

ダッハウ強制収容所

ミュンヘン近郊の町ダッハウ。ここにはかつてナチスの強制収容所があった。ドイツ共産党員、ロマ、同性愛者など様々な人々が不当に収容され、多くが処刑された。また残酷な人体実験が繰り返し行われた場所でもある。その組織と収容のノウハウが、すべてのナチス収容所のモデルになったとも言われるダッハウ強制収容所。その歴史を振り返る。
ゴータ

黒羊と噛まれた公爵

ゴータ(Gotha)の町の行政区にフリードリヒローダ(Friedrichroda)と呼ばれる地区がある。そこには、ラインハルツブルン城(Reinhardsbrunn)と呼ばれる城がある。この城に付随する教会には、マイセン辺境伯ならびにテュ...
カイザースヴェルト

《皇帝の島》と呼ばれる理由は?

デュッセルドルフ空港の北側、旧市街に出るのとは反対の方角に、カイザースヴェルトという町がある。デュッセルドルフ市に属するライン川沿いの小さな町で、日本人駐在員も多く住む閑静な住宅街だ。デュッセルドルフの旧市街からも地下鉄一本で行くことがで...
オスナブリュック

皇帝を絶望させた敗戦

「トイトブルクの戦い」もしくは、「トイトブルク森の戦い」ー世界史の授業では、こう習ったのではないだろうか?紀元9年、ローマ帝国が初代皇帝アウグストゥスだった時代、帝国は将軍ヴァルスに3軍団を指揮させ、ゲルマン人鎮圧に充てたが、 アルミニウ...
オスナブリュック

カール大帝とオスナブリュック

オスナブリュック。この辺りには、ゲルマン民族の大移動ののち、ザクセン族が定住した。そしてこのザクセン族を平定するべく、遠征にやってきたのがカール大帝であった。772年から804年までのザクセン戦争と呼ばれる戦争で、カールはザクセン族のヴィ...
ブラウンシュヴァイク 

ヴェルフェン家唯一の皇帝

ヴラウンシュヴァイク大聖堂にあるこの像は、ハインリッヒ獅子王の息子、神聖ローマ皇帝となったオットー4世である。彼と一緒に、ヴェルフェン家の帝国の夢が実現した。オットー4世、ハインリヒ3世とイングランドから来たマティルダ妃の息子であ...
カイザースヴェルト

大司教が企てた誘拐

1056年から1105年まで統治していたドイツ王であり、神聖ローマ皇帝であるハインリヒ4世は、常に悪い評価を受けてきたと言える。彼と共に帝国権力の衰退が始まり、帝国内の特定権力が台頭したと言われている。ハインリッヒの悲劇は、「カノッサの屈...
ベルリン

《熊》と呼ばれた伯爵

べリリン・シュパンダウ地区にあるシュパンダウ要塞。ここに建てられた、十字架を掲げる騎士の像は、《熊》とあだ名されたアルブレヒト辺境伯のものだ。この像は、もともとベルリン・ティアガルテンにあるジーゲスアレーにあったが、1979年以降、現在の...
トルガウ

ブランデンブルクの「もうひとつの奇跡」

エルベ川の西岸にある小さな町、トルガウ。この町は7年戦争において、オーストリア軍とプロイセン軍が熾烈な戦いを繰り広げたことで知られている。オーストリア・ロシア連合軍と対峙した敗北寸前のプロイセン。フリードリッヒ1世はこの難局をどう乗り越えたのか?後に「奇跡」と呼ばれるプロイセンの奮闘。
アルテンブルク

アルテンブルク王子誘拐事件

ライプツィヒから南に50キロの地点にアルテンブルクという町がある。この町は976年、神聖ローマ皇帝オットー2世によってはじめて言及されている。この町を訪れた皇帝は多く、ロタール3世、コンラート3世、ハインリッヒ6世、オットー4世、フリード...
デュッセルドルフ

デュッセルドルフの吸血鬼

19世紀、デュッセルドルフ市民を恐怖のどん底に陥れた連続殺人事件が発生した。男はデュッセルドルフ中央駅を中心に次の犠牲者を探していた。被害者の血を飲んだという噂から、《デュッセルドルフの吸血鬼》と呼ばれたペーター・キュルンテン。この男を犯行に向かわせたものは一体何だったのか?
デュッセルドルフ

シューマンとクララの恋の行方は?

シューマンは、1810年、5人兄弟の末子っとしてツヴィッカウ(Zwickau)で生まれている。シューマンは幼いころからハイネの詩に触れ、シューマンが17歳の時に一度だけミュンヘンでハイネと出会っている。 シューマンの歌曲の多くは18...
ネルトリンゲン

城塞都市に伝わる豚の話

ロマンチック街道沿いに位置する町は、ローテンブルクやディンケルスビュールなど、中世の街並みをとどめた町が多い。ネルトリンゲンの場合、城壁が完全な形で残されており、中世の面影を色濃く残す町だ。町をぐるりと囲む城壁の上には上ることができる。ネ...
ラントシュトゥール

フランツ・フォン・シッキンゲンのナンシュタイン城

ラントシュトゥールにあるナンシュタイン城。ここには伝説の騎士、フランツ・フォン・シッキンゲンが暮らしていた。ここを拠点に戦争と私闘によって勢力を伸ばし、一時は神聖ローマ皇帝フリードリッヒ1世にも仕えた男は、絶大な権力を誇ったトリーア大司教に戦いを挑む。伝説の騎士の運命は?
カッセル

売られたヘッセン兵

カッセルのフリードリッヒ広場(Friedrichsplatz)には、ヘッセン=カッセル方伯フリードリッヒ2世の像がある。フリードリッヒ2世はオーストリア継承戦争でカール7世アルブレヒト(Karl VII. Albrecht)皇帝のためにヘ...
ハーナウ

破壊後も残された二重教会

《ワロン・オランダ教会》(Wallonisch-Niederländische Kirche)は、グリム兄弟の銅像が立つ町の中心にある広場から、歩いて3分ほどのところにある。教会を囲むように新興住宅が立ち並んでいるので、一種独特の...
コンスタンツ

皇帝と教皇と売春婦

今から600年以上前、ここコンスタンツでは、《コンスタンツ公会議》と呼ばれる宗教会議が開かれていた。公会議というのは、ローマ=カトリック教会の教義を決定する為に、ローマ帝国皇帝や教皇が開催する最高会議のことだ。325年に開かれた第1回公会...
ヴォルムス

ヴォルムス帝国議会

ヴォルムス帝国議会(Reichstag zu Worms)は、実は数回開催されている。一番有名なものは、ルターが喚問された1521年のものだが、それに先立つ1495年には、神聖ローマ皇帝マキシミリアン1世が開催したヴォルムス国会というのが...
シュパイヤー

コンラートとハインリッヒ

シュパイヤーに大聖堂を築いた神聖ローマ皇帝コンラート2世と、その跡を継いだハインリッヒ3世。二人のザリエル朝の皇帝は、帝国に強大すぎる皇帝権力を生んだが、それをよく思わない勢力も存在した。二人が治めた帝国は、《カノッサの屈辱》で有名なハインリッヒ4世へと受け継がれていくのだが・・・
ベルリン

謎多き美貌の王妃

ベルリンの「博物館の島」にある「新博物館」には、一神教を発明したアクエンアテンの妻、ネフェルティティの胸像がある。この王妃はなぜこれほどまでに人々の関心を集めるのか?そしてベルリンにやってきた理由は?謎多き美貌の王妃の秘密に迫る。
フライブルク

クリスマスツリーの起源

11月の終わりから12月のはじめにかけて, ドイツの家庭ではクリスマスツリーが飾られ始める。ドイツのクリスマスに欠かせないこのツリーはいつから、そしてどこから始まったのか。そしてなぜモミの木が選ばれ、それを飾るという文化に発展したのだろう...
バッハラッハ

シュタールエックの秘密の結婚

コブレンツの南に位置するシュタールエック城は、自然の要害に囲まれ難攻不落の城であった。この城には、ホーエンシュタウフェン家のプリンセス、アグネスが暮らしていた。ヴェルフェン家のザクセン公、ハインリッヒ獅子公の息子であるハインリッヒ5世は、敵対していた一族の娘に恋をするのだったが・・・ラインの古城に伝わる伝説。
ヴェルニゲローデ

ハルツ地方のカラフルな町

ザクセン=アンハルト州ハルツ山地の麓にあるヴェルニゲローデは、ゲーテやハイネも訪れた場所だ。魔女伝説で有名な場所でもあり、丘の上に聳えるヴェルニゲローデ城は《ラプンツェル》のモデルにもなった。市庁舎は「ドイツで最も美しい」との呼び声も。
シュパイヤー

嘲笑された貧乏皇帝

中世には、帝国自由都市として、シュパイアーはドイツ国家の神聖ローマ帝国の最も重要な都市の1つであった。シュパイアーを有名にしている大聖堂は、現存する世界最大のロマネスク様式の教会であり、1981年以来ユネスコの世界遺産に登録されている。 ...
ハーナウ

グリム兄弟が生まれた町

写真:blog.materna.de ハーナウ(Hanau)は、850年の歴史があり、1303年から帝国自由都市として発展してきた。かつでの街並みは戦火で失われたが、市庁舎のように再建された建物もある。そのひとつ、美しい木組みのゴル...
ユッターボーク

鍛冶屋と3つの願い

ブランデンブルク州の小さな町、ユッタ―ボーク。伝承によると、アルブレヒト1世がブランデンブルク辺境伯領を設立し、東へと領土を広げようとしていた時代、この町に神聖ローマ皇帝バルバロッサの鎧を作った鍛冶屋がいた。この男のもとにある日、死神がやって来るのだが・・・ユッタ―ボークを舞台にしたドイツで人気のおとぎ話。
マイセン

錬金術師と白い黄金

エルベ川沿いにあるザクセンの古都マイセン。この町を世界的に有名にしたのが「マイセン磁器」だ。この磁器の発明には、アルブレヒツ城に幽閉された、とある錬金術師の存在があった。「白い黄金」と呼ばれた磁器をマイセンで開発した男、ベドガーの物語り。
ゴスラー

騎士ラムが見つけた銀山

Europe, DEU, Deutschland, Niedersachsen, Goslar. 17.08.2016. Besucherbergwerk Rammeisberg. Uebertageanlagen. Foto: Stef...
トリ―ア

ドイツ最古の町 /トレベタ伝説

モーゼル川沿いに位置するトリーアは、古代から交通の要衝地であるとともに、古くからフランス文化の影響を濃厚に受けていた。ドイツワイン発祥の地であり、世界的ブランドとして有名なモーゼルワインの一大生産地である。近隣の都市としては、約95キロ北...
アウグスブルク

マキシミリアン博物館

市立マクシミリアン博物館はアウグスブルクで最も古い博物館であり、1856年、アウグスブルク訪問中であったバイエルン国王マクシミリアン2世にちなんで名付けられた。 1854年に開館したこの博物館は、膨大な美術史コレクションのほか、中世から1...
ドイツ周辺地域

バレンタインのポグロム

1348年にシュトラスブール市当局に届いたのは気がかりなニュースであった。その後、未知の病気が町全体を襲い、わずかな期間に市民を一掃した。 同時に、発生した暴動は町の秩序をあっという間に破壊してしまったのだった。しかしこの時に行われ...
ヴォルムス

ブドウ畑に隠された金貨

リープフラウエン教会 町の中心地からは少し離れたライン河畔にこの教会はある。《リープフラウエン》とは《聖母》という意味で、聖母マリアに捧げられた教会だ。教皇ピウス2世の命で教会の建設が始まり、1465年にゴシック様式の教会が...
マンハイム

碁盤目の宮廷都市

マンハイムは、ライン川とネッカー川の合流地点に位置する町だ。マンハイムが最初に文献で言及されたのは766年。ロルシュ修道院(Kloster Lorsch)にある文書コレクションに「Mannheim」の記載がある。当時はさほど重要ではない小...
ザンクト・ゴア―ルスハウゼン

ラインの精霊 ローレライ

ザンクトゴア―ルスハウゼン近くの《ローレライ》では、その昔、夕暮れに美しく若い女性が目撃されることがあった。この女性は美しい声で歌い、その歌声を聞いた船人はかじ取りを誤り、ライン川に飲み込まれたのだった。伝承と観光地としてのローレライに迫る。
マイセン

マイセン大聖堂

マイセン大聖堂は、アレッツォの聖ヨハネスと聖ドナトゥスに捧げられており、二人の聖人の名前が付けられている。アレッツォの聖ドナトゥス(Donatus von Arezzo)は、Meissenの主教区の守護聖人であり、今日のDresden-M...
ワイマール

ワイマールのゲーテとシラー

ワイマールの劇場前に聳えるゲーテとシラーの銅像。18世紀ワイマールを治めたアンナ・アマ―リア公爵夫人とカール・アウグスト大公。ふたりはこの小国を文化都市へ変貌させようとした。この時代、ゲーテが、そしてシラーがこの町へとやってくる。ふたりの出会いからワイマールでの生活を振り返る。
ケルン

消えた少年十字軍

13世紀初頭のケルン大聖堂。ケルンは、ライナルト・フォン・ダッセル司教が東方三博士の聖遺物を大聖堂にもたらしてから、人気のある巡礼地となり、この聖遺物を一目見ようとするキリスト教信者の巡礼の対象となっていた。大聖堂の門前には常に多くの信者...
バート・ザルツィッヒ

石になった修道女

ライン河畔の風光明媚な町、バート・ザルツィッヒ。この町は、三十年戦争中、スウェーデン軍による攻撃にさらされた。町が焼かれ、カトリック教会は破壊された。荒ぶるスウェーデン軍はいよいよ町の修道院に迫ったが、アンジェリカという若い修道女だけがなんとか脱出に成功する。彼女の運命は?
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