ケルン

ケルン

恋に落ちた大司教

1577年12月5日、ケルン大聖堂で新しい大司教を選ぶ選挙が行われた。候補者は2名。バイエルン公アルブレヒト5世の末息子エルンストとヴァルトブルクの司教、ゲープハルト2世である。 マクシミリアン皇帝とグレゴリウス13世は、エルンスト...
ケルン

消えた少年十字軍

13世紀初頭のケルン大聖堂。ケルンは、ライナルト・フォン・ダッセル司教が東方三博士の聖遺物を大聖堂にもたらしてから、人気のある巡礼地となり、この聖遺物を一目見ようとするキリスト教信者の巡礼の対象となっていた。大聖堂の門前には常に多くの信者...
ケルン

ケルンに眠るギリシャ人の皇妃

ケルン大聖堂を南へと歩くと、30分ほどのところに、パンタレオン教会(St. Pantaleon)に到着する。ケルンの初期ロマネスク様式の教会であり、 ケルン旧市街にある12の大きなロマネスク様式の大聖堂のひとつである。教会は名前の由来とな...
ケルン

将軍と若き日の失恋

ケルンのアルターマルクト広場に存在するヨハン・フォン・ヴェルトの像。貧しい農家の息子ヨハンは、若き日にケルンの町で美しい町娘グリエットに恋をするのだが・・・現在でも「ヤン」の愛称で地元民から愛されるヨハンの波乱に満ちた半生。
ケルン

ケルン大司教列伝 ②

アンノ大司教(Anno) アンノはシュヴァーベン出身の取るに足らない貴族の出であった。アンノはバンベルク大聖堂学校から宮廷へ、ゴスラーのプロボストからケルン大司教へという経歴を経ている。当時、ケルンの人々は、皇帝ハインリッヒ3世が、...
ケルン

カール大帝と無欲な司教

ケルンは大聖堂だけが見どころだと思っている人が多いが、大聖堂以外にもケルンには教会が多い。とりわけ規模の大きなロマネスク様式の教会が12ケ所もある。聖ジェレオン教会はそのうちのひとつだ。ケルン大聖堂から西に向かって徒歩15分の距離にある。...
ケルン

悪魔と契約した男

多くの観光客が訪れるケルン大聖堂。カトリック教会としては世界で最も高い大聖堂である。700年以上も前にこの大聖堂の建設を始めたゲアハルト・フォン・ライルには、悪魔と契約したという伝承が残っている。
ケルン

1074年の蜂起

ケルンは古くからカトリック教会の力が強いところであった。この時代のケルンを治めていたのは、アンノという司教であった。アンノ大司教はこの時代のほとんどの司教や大司教がそうであったように、司教領・大司教領の領主でもあった。教会の運営に留まらず...
ケルン

ケルンの小人

ケルン大聖堂から南へ歩いて2分。アム・ホーフ(Am Hof)という通りには、フリュー(Früh)と呼ばれる、ケルンで一番古いビール醸造所がある。そのすぐ近くに、ハインツェルメンヒェン噴水(Heinzelmännchenbrunnen)と呼...
ケルン

皇帝妃の誤算

悪名高いローマ皇帝ネロの母親、アグリッピーナはケルンの出身であり、かつてケルンは《コロニア・アグリッピーナ》と呼ばれていた。血縁、美貌、謀略を使い、権力の座を手に入れたはずの彼女に何が起こったのか・・・アグリッピーナの誤算とは?
ケルン

ケルン大司教列伝 ①

ケルン大司教はドイツと神聖ローマ帝国のなかで重要な役割を担ってきた。中世以来、ケルン大司教は、《選帝侯》という神聖ローマ皇帝を選ぶ特権をもつ諸侯のひとりであった。カール4世が定めた金印勅書以来、この選帝侯は帝国内にわずか7名しか存在せず、...
ケルン

ヘルマン・グリンと空腹のライオン

13世紀、ケルンでは、ファルケンブルクのエンゲルベルト大司教(Engelbert)が教会の支配権を握り、貴族・市民と対立を繰り返し、血なまぐさい戦いに発展していた。大司教には自身を支持する二人の律宗司祭がおり、司教の飼っているライオンを大...
タイトルとURLをコピーしました