バイエルン・アルプスの雄大な山並みを遠くに望み、冷涼な風がイザール川のせせらぎを運んでくるミュンヘンの街。
石畳の広場には、仕込みを待つホップの香りがどこからともなく漂い、古き良き醸造所の煙突からは白い煙が空へと吸い込まれていく。バイエルンの心臓部とも言えるこの地では、歴史の荒波を越えて受け継がれてきた伝統が、琥珀色の液体の如く人々の暮らしに深く浸透している。
街の中心部から少し離れた広大な空地、テレジエンヴィーゼ(Theresienwiese)に立てば、そこがかつて一国の運命を繋ぎ止めるための、壮大な「祈りと祝祭」の舞台であったことに気づかされる。
今や世界最大の祭りとして知られる喧騒の裏には、ナポレオン時代の激動に翻弄され、アイデンティティを模索した王国と、その民たちの切実な物語が刻まれているのである。
ナポレオン時代、バイエルンは巧みな同盟政策によって王国へと昇格し、1806年までにその領土を倍増させた。しかし、急拡大した国家が直面したのは、多様な文化や宗教を持つ新旧の地域をいかに統合するかという難題であった。
修道院の解散や世俗化という急進的な変化は、伝統を重んじる領民たちの心に深い戸惑いを生んでいた。
バイエルン軍はフランス軍と共にプロイセンやロシアとの戦いに身を投じたが、1809年のオーストリア戦では、アンドレアス・ホーファー(Andreas Hofer)率いるチロル民衆の決起に遭い、多大な犠牲を払うこととなる。
1810年、初代国王マクシミリアン1世ヨーゼフ(Max I. Joseph)の領民たちの間には、国家への忠誠よりも不安が勝っていた。宮廷はこの危機を打開し、共同体意識を醸成するため、ある画期的な祝祭を計画したのである。
ルートヴィヒ皇太子とテレーズ・フォン・ザクセン・ヒルトブルクハウゼン(Therese von Sachsen-Hildburghausen)の婚礼を祝う「マキシミリアンウィーク」は、1810年10月12日から始まった。
王は自ら民衆の中へ分け入り、慈悲深い国父としての姿を印象づけた。婚礼の翌日、ミュンヘン市内で振舞われた食事の量は圧巻であった。アルゲマイネ新聞(Allgemeiner Zeitung)によれば、32,000リットルのビール、16,000食のロースト、そして数えきれないほどのソーセージが人々の腹を満たしたという。
この祝祭に彩りを添えたのが、州兵の軍曹フランツ・バウムガルトナー(Franz Baumgartner)が提案した一般市民のための競馬であった。
会場に選ばれたのは、かつて《ゼンドリングの殺戮の聖夜》(Sendlinger Mordweihnacht)として語り継がれる悲劇の舞台。オーストリア占領軍に虐殺された農民たちの記憶が残るその地は、バイエルンへの忠誠を示す聖地として最適であった。
王室はトルコ戦の戦利品である豪華なテントを張り、4万人を超える観衆と共にレースに熱狂した。この場所は、花嫁の名を冠して「テレジエンヴィーゼ」と名付けられたのである。
当初は常設の酒場もない素朴な催しであったが、この成功はやがて「オクトーバーフェスト」という恒久的な収穫感謝祭へと昇華していく。
1818年にはミュンヘン市が運営を担い、醸造業者にスタンドを貸し出す形態が整った。人々は当初、野外で杯を交わしていたが、悪天候を避けるために建てられた木造のブースが、現在の巨大なビールテントの原型となった。
時代が下り、1842年にマクシミリアン2世(Max II.)が王位継承者としてこの地で自らの婚礼を祝った際、彼は共同体意識をさらに深めるべく、伝統衣装の着用を奨励した。
現在、オクトーバーフェストには欠かせないドリンドルやレーダーホーゼンといった民族衣装は、この時代にバイエルンの象徴として再定義されたのである。

「メルヒェンの王」ルートヴィヒ2世(Ludwig II.)は、祭りの喧騒とは距離を置いていた。
しかし、10月の悪天候を嫌い、開催時期を陽光の残る9月に早めるという英断を下した。こうして1872年以降、オクトーバーフェストはその名に反して9月に幕を開ける伝統が確立されたのである。
祝祭の夜、テレジエンヴィーゼに灯る無数の明かりは、かつてバラバラだった領民たちの心を一つに結んだ「希望の火」のようにも見える。
ジョッキを打ち鳴らす音、高らかに響くブラスバンドの旋律。それらは単なる狂騒ではなく、バイエルンという誇り高き王国が、激動の歴史の中で掴み取った確かな絆の証なのだ。
祭りが終わり、静寂が戻ったテレジエンヴィーゼを歩けば、秋の冷たい風が枯れ葉を舞い上げ、かつての王たちの足音を運んでくる。喜びも悲しみも、すべてを飲み込んで熟成されてきたこの祝祭は、これからもバイエルンの大地に深く根ざし、人々の笑顔を琥珀色に染め続けていくに違いない。
参考:
br.de, “Brotzeit, Bier, Belustigung”, Volker Eklkofer, 14.04.2016, https://www.br.de/radio/bayern2/sendungen/radiowissen/geschichte/muenchener-oktoberfest-100.html




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