ケルンマティアス・ウェーバー|盗賊はなぜ伝説になったのか ドイツ犯罪史に名を刻む強盗十八世紀の終わり、霧深いラインの谷とフンスリュック(Hunsrück)の山あいには、人々の噂に必ず登場する名があった。それが、悪名高きヨハネス・ビュックラー(Johannes Bückler)――通称シンダーハンネ...2023.01.29ケルン
ケルンケルン大司教列伝 ③ マクシミリアン・フランツ・フォン・エスターライヒ| 最後の選帝侯マクシミリアン・フランツ・フォン・エスターライヒ(Maximilian Franz von Österreich)は、選帝侯、つまり世俗支配者でもあった最後のケルン大司教である...2022.10.19ケルン
ケルン【ドイツの歴史】ケルン大司教列伝 ② アンノ大司教 | 皇帝を誘拐した男アンノ(Anno)はシュヴァーベン出身の取るに足らない貴族の出であった。アンノはバンベルク大聖堂学校から宮廷へ、ゴスラーのプロボストからケルン大司教へという経歴を経ている。当時、ケルンの人々は、皇帝ハインリ...2022.07.20ケルン
ケルン【ドイツの歴史】ケルン大司教列伝 ① ケルン大司教はドイツと神聖ローマ帝国のなかで重要な役割を担ってきた。中世以来、ケルン大司教は、《選帝侯》という神聖ローマ皇帝を選ぶ特権をもつ諸侯のひとりであった。カール4世が定めた金印勅書以来、この選帝侯は帝国内にわずか7名しか存在せず、こ...2022.07.19ケルン
ケルン1074年の蜂起 | ケルン大司教アンノ ライン川の豊かな流れに抱かれ、天を突く大聖堂の双塔が街の守護者のように君臨する古都ケルン。石畳の路地を歩けば、湿り気を帯びた川風が中世から続く教会の静謐な空気を運び、巡礼者たちの祈りの声がレンガの隙間に染み込んでいる。しかし、この平穏な街並...2022.07.11ケルン
ケルンカール大帝と無欲な司教 | 初代ケルン大司教ヒルデボルト ライン川のゆったりとした川面に、夕刻の光が金色の筋を引く。大聖堂の巨大なシルエットが街を圧するようにそびえるケルンだが、その華やかな中心部から一歩足を踏み出せば、そこには幾重にも重なった時間の断層が口を開けている。入り組んだ石畳の路地の先に...2022.07.05ケルン
ケルンヘルマン・グリンと空腹のライオン ケルン大司教エンゲルベルト2世は、ケルン市長であるヘルマン・グリンと対立していた。ある日、大司教の息のかかった律宗司祭は市長を祝宴に招待し、ヘルマンを亡き者にしようとするのだが・・・2022.06.24ケルン
ケルン恋に落ちた大司教 | 三十年戦争の前哨戦、ケルン戦争 ケルンの広場にはカフェのテラスが並び、子どもたちの笑い声や観光客のざわめきが絶えず響いている。大聖堂の尖塔は青空にそびえ立ち、鐘楼の鐘の音が川面に反射して街全体に響き渡る。ライン川沿いの岸辺には帆船や貨物船がゆっくり行き交い、川風に揺れる旗...2022.06.12ケルン
ケルン将軍と若き日の失恋 | ヨハン・フォン・ヴェルト ケルンのアルターマルクト広場に存在するヨハン・フォン・ヴェルトの像。貧しい農家の息子ヨハンは、若き日にケルンの町で美しい町娘グリエットに恋をするのだが・・・現在でも「ヤン」の愛称で地元民から愛されるヨハンの波乱に満ちた半生。2022.01.08ケルン
ケルンケルンの小人 | ハインツェルメンヒェン 【ドイツの伝説】ケルンの人々を助けるかわいい小人たちケルン大聖堂から南へ歩いて2分。アム・ホーフ(Am Hof)という通りには、フリュー(Früh)と呼ばれる、ケルンで一番古いビール醸造所がある。そのすぐ近くに、ハインツェルメンヒェン噴水(...2021.12.16ケルン
ケルン消えた少年十字軍 | ケルンから出発した子供の一団 【ドイツの歴史】エルサレムを目指して出発した少年十字軍はどこへ消えたのか?13世紀初頭のケルン大聖堂。ケルンは、ライナルト・フォン・ダッセル司教が東方三博士の聖遺物を大聖堂にもたらしてから、人気のある巡礼地となり、この聖遺物を一目見ようとす...2021.11.08ケルン
ケルンケルンに眠るギリシャ人の皇妃 |テオファヌ 【ドイツの歴史】ビサンツ帝国からオットー2世へと嫁いだ才女ケルン大聖堂を南へ30分ほど歩くと、ロマネスク様式の教会に行き当たる。パンタレオン教会(St. Pantaleon)である。ケルンの初期ロマネスク様式の教会であり、 ケルン旧市街にあ...2021.08.01ケルン
ケルン悪魔と契約した男 | ケルン大聖堂 多くの観光客が訪れるケルン大聖堂。カトリック教会としては世界で最も高い大聖堂である。700年以上も前にこの大聖堂の建設を始めたゲアハルト・フォン・ライルには、悪魔と契約したという伝承が残っている。2021.05.20ケルン世界遺産教会
ケルン皇帝妃の誤算 | コロニア・アグリッピーナ 悪名高いローマ皇帝ネロの母親、アグリッピーナはケルンの出身であり、かつてケルンは《コロニア・アグリッピーナ》と呼ばれていた。血縁、美貌、謀略を使い、権力の座を手に入れたはずの彼女に何が起こったのか・・・アグリッピーナの誤算とは?2021.05.18ケルン