クッキーブログ

ロルシュ

【ドイツの歴史】ロルシュの盲目の僧侶 | バイエルン公タッシロ3世

タッシロ3世の没落8世紀、バイエルンを領していた公爵、タッシロ 3 世の治世は 788 年に終わりを告げた。この年の夏、タッシロはいとこであるフランク王国の国王カール大帝が開催した帝国議会に出席するためにラインランド=プファルツ州にあるイン...
ケルン

ケルン大司教列伝 ③

マクシミリアン・フランツ・フォン・エスターライヒ| 最後の選帝侯マクシミリアン・フランツ・フォン・エスターライヒ(Maximilian Franz von Österreich)は、選帝侯、つまり世俗支配者でもあった最後のケルン大司教である...
ブレーメン

ブレーメンの《拷問砦》| マジャール人の侵攻

ブレーメン旧市街 ー 古びた木造家屋や石造りの建物が軒を連ねる狭い路地や川辺の小道に、10世紀の混乱の記憶がかすかに漂っているかのようだ。春の風が運ぶ水の匂いや川のせせらぎに耳を澄ませると、かつてマジャール人が町を荒らし、教会を襲った光景な...
ドイツ周辺地域

血塗られた復活祭

デュッセルドルフの西、緩やかな丘陵と森に囲まれたメンヒェングラートバッハの町。その北にはジュヒテルン(Süchteln)、さらにオランダ国境に近いロッバーリッヒ(Lobberich)まで、静かな田園風景が広がる。しかし、平穏に見えるこの土地...
マールブルク

ヘッセンから来た弓の名手

マールブルクの丘に立つと、ラーン川が静かに流れる谷を見下ろし、町の屋根や尖塔が朝の光に淡く輝いているのが目に入る。古い坂道を上り、瓦屋根の隙間から差し込む光に足を踏み入れると、ここに生きた人々の息遣い、秘密を抱えた青年の足跡、そして遠い日々...
リューネブルク

リューネブルクの塩豚

まるで時が止まったかのような旧市街に足を踏み入れると、レンガ造りの家々が夕日に赤く染まり、中世の面影が色濃く残るリューネブルクの街並みが広がる。かつて北ドイツのハンザ同盟を支え、白い黄金と呼ばれた塩の交易で栄華を極めたこの場所には、今もどこ...
コブレンツ

エーレンブライトシュタイン要塞

古都コブレンツは、遥か二千年の昔、ローマの軍団兵たちがその礎を築いた軍事拠点コンフルエンテスが起源だ。ライン川とモーゼル川が合流する「ドイチェス・エック」として、壮大な景観が横たわっている。深く静まりかえったラインの断崖を見上げれば、そこに...
ブレーメン

伯爵夫人と足の不自由な男 | ブレーメンの伝説

ブレーメンのローランド像に隠された秘密荘厳なゴシック様式の市庁舎がそびえ、中世の栄華を今に伝える自由都市ブレーメン。ヴェーザー川の川面に映る歴史ある建物の影がゆらめき、市場に響く活気ある声は、かつて大洋を越えて富を運んだ商人たちの足跡を呼び...
☆その他

ドイツのロココ建築

【ドイツの建築】溢れんばかりの装飾でバロックに続く建築様式多くの壮大なバロック様式の建物がドイツに建てられたのは、イタリアやフランスから遅れること約 1 世紀後のことだった。これは、ドイツ、つまり神聖ローマ帝国で発生した戦争の影響を大きく受...
☆その他

ドイツのバロック建築

【ドイツの建築】ベルサイユ宮殿を手本とする壮麗な建築様式光沢のある艶やかな大理石と贅沢な金を多用し、印象的な色使いと遊び心のある光の効果を有効的に使ったバロック時代、壮麗な宮殿や城、そして貴族の邸宅は、様々な形を組み合わせた豪華な装飾(時に...
☆その他

ドイツのルネサンス建築

【ドイツの建築】イタリアから南ドイツへと広がった建築様式ルネッサンス、活版印刷の発明、アメリカ大陸の発見、宗教改革によって世界は変わり始めた。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ウィリアム・シェイクスピア、アルブレヒト・デューラー、ロ...
☆その他

ドイツのゴシック建築

【ドイツの建築】天を目指す高い塔とステンドグラスヨーロッパにおける政治的および経済的な覚醒が始まった12世紀から13世紀が、ゴシック時代の始まりといえる。 この時代、数多くの町が建設され、農村人口が町に集まり、交易が盛んになり、貴族、司教、...
☆その他

ドイツのロマネスク建築

【ドイツの建築】ドイツで発展し、広がった建築様式ローマ帝国の崩壊以来、ロマネスクは典型的な特徴を持つ最初のヨーロッパの芸術時代となった。 ロマネスク様式の建物は、アーチ、アーチ型の窓、ブロック状の柱頭 (柱の端)、分厚い壁などがその特徴であ...
ヴィッテンベルク

ルターハウス – ヴィッテンベルク

ルター ハウスは 1504 年にアウグスチノ修道院として建てられた。当時は、アウグスチノ修道士のローブの色から「黒い修道院」という名前で知られていた。マルティン ルターも 1508 年から修道士としてここで暮らしていたが、宗教改革の過程で修...
ブレーメン

ブレーメン大聖堂博物館

ブレーメンの聖ピエトリ大聖堂にある大聖堂博物館は、1987年、中世の司教の墓から出土したものを収蔵するために設立された。1973 年から 1976 年にかけて大聖堂が修復されていた時に、発掘調査が同時に行われた。 3 年間にわたる発掘調査で...
シュパイヤー

プァルツ歴史博物館

シュパイヤーにあるプァルツ歴史博物館は大聖堂からわずか200mの距離にある。ミュンヘンのバイエルン国立博物館も建設した建築家ガブリエル・フォン・ザイドル (Gabriel von Seidl)が建設を行い、建物は1910年に完成している。総...
ケルン

【ドイツの歴史】ケルン大司教列伝 ②

アンノ大司教 | 皇帝を誘拐した男アンノ(Anno)はシュヴァーベン出身の取るに足らない貴族の出であった。アンノはバンベルク大聖堂学校から宮廷へ、ゴスラーのプロボストからケルン大司教へという経歴を経ている。当時、ケルンの人々は、皇帝ハインリ...
ケルン

【ドイツの歴史】ケルン大司教列伝 ①

ケルン大司教はドイツと神聖ローマ帝国のなかで重要な役割を担ってきた。中世以来、ケルン大司教は、《選帝侯》という神聖ローマ皇帝を選ぶ特権をもつ諸侯のひとりであった。カール4世が定めた金印勅書以来、この選帝侯は帝国内にわずか7名しか存在せず、こ...
ハーメルン

ゼデミュンデの戦い

緩やかに波打つ丘陵地帯を抜け、ハーメルンの街外れへと足を延ばせば、かつてゼデミュンデと呼ばれた村の跡地が静かに横たわっている。黄金色の麦畑が風にそよぐ、今はただ穏やかなこの田園の片隅に佇む古い記念碑だけが、ここがかつて血に染まった凄惨な戦場...
ヴェッツラー

偽皇帝現る | ティレ・クロップ

ラーン川の清冽な流れが、旧市街を抱くように緩やかな弧を描く古都ヴェッツラー。急峻な坂道に重なり合う木組みの家々や、未完成のまま独特の威容を誇る大聖堂のシルエットは、中世から続く帝国の自由都市としての矜持を今に伝えている。しかし、この穏やかな...